日銀短観6月調査に対する市場の反応が一巡した日本時間1日昼、サンフランシスコ連銀イエレン総裁の発言内容が、電子モニターのスクリーンに多数並んだ。イエレン総裁は、2004年6月からサンフランシスコ連銀の総裁・最高経営責任者(CEO)を務めている。1994年8月から97年2月まで連邦準備理事会(FRB)理事、その後99年8月まで大統領経済諮問委員会(CEA)委員長を務めた経験を有しており、現在の連邦公開市場委員会(FOMC)内でハト派の地区連銀総裁の筆頭格。今年のFOMC投票権メンバーでもある。

 イエレン総裁は現地時間30日夕刻に行った講演で、次のように述べた(サンフランシスコ連銀ウェブサイトに講演原稿が掲載された)。

 「われわれは現在、容態が安定化して熱がちょうど下がり始めた、集中治療が行われている患者のような状態にある」

 「(景気の)回復ペースは、じりじりさせられるほど緩慢な(frustratingly slow)ものになると予想している」

 「私の考えでは、主要なリスクは、向こう数年にわたってインフレ率が低すぎることであって、高すぎることではない」

 「コアインフレは来年にかけて1%前後の水準に低下し、数年間は2%を下回る水準にとどまるだろうと、私は予想している」

 「今回は1937年(のような時期尚早の利上げによる景気再後退)を繰り返さないようにしよう」

 イエレン総裁は、連邦政府による財政出動や在庫調整の動きなどを根拠に、米国のリセッションが今年後半のいずれかのタイミングで終わるだろうと予測しつつも、景気回復ペースは非常に緩慢で、失業率は数年にわたって高水準にとどまるだろうと予想した。金融危機が発生した後の景気悪化は長引きやすいこと、消費者の行動に非常に大きな変化が生じつつあること、景気後退がグローバルな性格を帯びていること、などをイエレン総裁は指摘した。

 しかもリスクはダウンサイドにある、と説明した同総裁は、一番心配しているリスクとして、「なお脆弱な金融システムに対する追加的なショックの可能性」を挙げた。商業用不動産が「特に危険地帯だ」という。物価面では、インフレリスクを警戒する向きの根拠(FRBのバランスシート膨張、1970年代の政策ミス、財政赤字膨張)について、一つひとつ冷静に論破。警戒すべきはインフレではなくデフレであり、回避すべきは時期尚早の金融引き締めであることを強調した。大恐慌当時、FRBが1936年に利上げに転じて翌年の景気急悪化を招いたことや日本の90年代の政策運営は「貴重な教訓」だ、とイエレン総裁は語った。

 また、ロイターの報道によると、講演後の記者団とのやりとりの中で、イエレン総裁から次のような発言があった。

 「FFレートは、2年程度は(for a couple of years)ゼロ近辺にとどまる可能性がある」
 「(先物市場における2009年末より前の利上げ観測は)フライングだ(jumping the gun)」

 6月24日に公表されたFOMC声明文は、デフレ警戒についての文章が削除されるなど、それまでよりもタカ派の方向に傾斜した内容になった。そうなった原因を推測してみると、再任されるかどうかが未確定なままであるバーナンキFRB議長の指導力あるいは調整能力不足が、理由の1つとして浮び上がる(「FOMC声明はタカ派に傾斜」参照)。筆者は、FOMCはいずれ「時間軸」の強化に動くとみている1人だが、現実問題としては一筋縄ではいかない話のようである。

 読者の多くはもう記憶しておられないかもしれないが、「米10年債4%急接近」の中で、「少なくともバーナンキFRB議長やコーンFRB副議長は、大きなバブルが崩壊した後の構造不況の怖さを熟知しているはず。彼らが今般の長期金利急上昇を座視するとは予想し難い。市場のセンチメントが変わる『きっかけ』の提供へと、今後早い段階で動いてくるものと予想される。FOMC内で意見集約が難しい場合には、一種の『口先介入』が行われることもあろう」と書いた。大胆な内容を含んでいる今回のイエレン発言は、バーナンキ議長らに代わって行った、この「口先介入」ではないかと、筆者はみている。

 FOMC内のハト派は、インフレではなくデフレのリスクを、引き続き懸念している。そして、米景気の回復力の脆弱さがこれから露呈してくるにつれて、FOMC内でタカ派の発言力は低下し、ハト派の影響力が増してくることになると予想される。

 米国の早期利上げ観測はナンセンスであり、景気・物価指標によって、徐々に打ち消されていくだろう。イエレン総裁が明言したように、0%台ローレベルという超低水準にある米国の政策金利は、この先2年程度は据え置かれるだろう。そうした金利観が市場に定着・浸透していくにつれて、米国の長期金利は大幅に低下するものと予想される。米10年債利回りに関する取りあえずの低下メドと筆者が見なしているのは、3.0%である。