天才的なテクニックを駆使し、孤高の外科医が難病や重傷から患者を救い出す・・・。1970年代、医療漫画の金字塔と絶賛された手塚治の『ブラック・ジャック』。それを貪り読んだ1人の小学生は「天命」を与えられ、気付いた時には「医学研究の道に進もう」と決断していた。(敬称略)
WA 98021 USA
イチローが活躍する米大リーグ・マリナーズの本拠地、米国ワシントン州シアトル。その郊外にあるボセル市で、窪田良(42)はブラック・ジャックに啓発された「夢」を実現するため、創薬ベンチャー「アキュセラ」を起業した。会長兼最高経営責任者(CEO)として、目の難病を克服する新薬発見に取り組んでいる。
加齢黄斑変性症(AMD=かれいおうはんへんせいしょう)。目の網膜の中央部にある「黄斑」が光を浴び続けると、老廃物が溜まる結果、視力が衰える病気を指す。全米の患者数は2000万人に達し、その1割近くが視力を失ってしまう。
窪田によると、網膜は通常であれば80~90年は機能するという。ただ、「虫眼鏡でジリジリ焼いているような状態が続くため、段々とモノが見えなくなってしまう」
米国では失明原因トップの恐ろしい病気なのに、患者総数の9割を占めるAMD初期段階の「ドライ型」に対する治療薬が未だ存在しない。日本でも200万~300万人の患者がいると推定され、高齢化の進展や食生活の変化などで増えているという。
どんな新薬でも、その開発には10~15年という長い時間と巨額の資金を要する。2008年5月、アキュセラは世界で初めてドライ型AMDの臨床試験に入り、今夏にはそのフェーズ2に進む見通し。それでも最終的な商品化までには、あと7~8年かかるという。
「日本人がつくったベンチャー企業で新薬を発見できれば、歴史を変えることになる」。窪田はそう信じて、超難題に挑戦している。新薬開発に成功した時、窪田はブラック・ジャックを超える存在になるかもしれない。
「目が大好き」青年、緑内障遺伝子を発見!
「なぜ? なぜなの?」。大人に質問を浴びせ、理屈っぽい子供だったと窪田は振り返る。ブラック・ジャックに憧れたものの、「勉強が大の苦手の劣等生」。ところが父の転勤で渡米し、ニュージャージー州の現地小学校に通い始めると、ディベート形式の授業で「水を得た魚」になる。
「例えば、『月は自転しているか』という質問に対し、生徒はグループに分かれ、答えの根拠やそれに至る過程を考えます。素晴らしい理科の先生に恵まれました」「もちろん最初は英語がチンプンカンプン。でも最後はエッセー(作文)で1番の成績を取れた」。眠っていた「やる気」を米国人教師に引き出してもらい、窪田は今でもその恩を忘れない。
帰国後、慶應義塾大学医学部に入学すると、動物から人間まであらゆる「目」に窪田は魅せられてしまう。
「目が好きなんです」。窪田が目の話を始めると、止まらなくなる。「目は見た目が美しい」「目は磨き上げたレンズを持つ精密機械」「人体の構造物の中で、最も理路整然とした器官」・・・。窪田は目に最大限の賛辞を送りながら、その素晴らしさの「伝道師」として門外漢の筆者にいつまでも語り続ける。