例年夏になると、都心のホテルではビジネス宿泊客が減少する。

 このため、各ホテルは少しでも利用客を増やそうと、イベントの開催に知恵を振り絞っている。その中でもレストランが世界の美味や珍味をメニューに掲げるのは定番だが、財界や大手銀行などの首脳が一堂に会する「美食祭」は珍しい。しかも腕を振るうのは、中国の迎賓館「釣魚台」の総料理長である。(写真も筆者撮影)

 2010年8月23日昼、ザ・プリンス パークタワー東京(東京・芝公園)の大宴会場――。猛暑の中をお歴々が「中国釣魚台国賓館 美食祭」の開幕式に続々と集まって来た。

 日本側は米倉弘昌・日本経団連会長や、3メガバンクの首脳が揃い踏み。来賓として、三日月大造・国土交通副大臣が出席した。一方、中国からは程永華・駐日大使のほか、中国外務省釣魚台国賓館の幹部や総料理長以下のシェフが北京から駆け付けた。

 来賓挨拶では、三日月副大臣が「釣魚台の料理は一つの芸術作品であり、中国の至宝として評されるべき存在」「美食祭が日本と中国の間の大きな架橋になる」とリップサービスを惜しまない。一方、程大使は「釣魚台管理局が強力な陣容のシェフを連れてきたから、日本の皆様にも満足していただけると確信している」と胸を張った。

中国・釣魚台国賓館のシェフ、伝統の技を披露

 美食祭のホスト役であり、プリンスホテルチェーンを率いる西武ホールディングス(HD)の後藤高志社長は、満足気な笑みを浮かべて挨拶した。「今後ますます増えていく中国からのお客様が安心して快適なホテルライフを楽しんでいただけるよう、サービスの向上に努めていく」

 釣魚台のシェフが壇上で披露する「野菜彫刻」を、日本の財界や金融界の首脳がじっと見守っている。もはや、中国抜きでは日本の観光・ホテル産業は成立しない――。

過熱するホテルの中国人客争奪戦

 日本経済のプレゼンスが相対的に低下し、国内総人口が減少する中では、中国人客を取り込まないと都内のホテルは稼働率を維持できない。業界の競争は過熱しており、中国語によるサービスやテレビ放送の館内導入は今や当たり前。それに「プラスα」がなければ生き残れないと業界は危機感を強めている。

後藤高志・西武ホールディングス社長

 プリンスホテルの場合、2009年には中国からの利用客が10万人を超えて日本人以外ではトップになり、今年はそれが2倍近くにまで急増する見通し。後藤社長は「流れをしっかり取り込んでいきたい。スピード感を持って態勢を整備していく」と気を引き締めている。今回は自ら北京に乗り込んで当局と折衝の末、釣魚台を東京へ引っ張り出すことに成功した。

 今回のイベント自体は無論、日本人向けである。メニューには「イカの卵のスープ」「シカ肉のステーキ」など秘伝の宮廷料理の数々が並ぶ。ディナーコースは最高4万5000円だが、開催前から予約が殺到していた。