パーソナライゼーションは教育にも応用できる

 例えば、教育業界では、固定化されたカリキュラムが存在することから、現在の教育制度のままでAIによるパーソナライゼーションを導入しても、その影響は限定的なものにとどまる。

 日本の義務教育では、同じ学年の生徒は同じことを学ぶため、生徒の多様化する学習ニーズに適応させることは難しい。それゆえ、同年代の標準的な教育プログラムについていけない生徒には、補習や体験学習などの是正プログラムが用意されている。さらに、AIを導入することにより、各生徒の能力に応じて次に学ぶべき最良の学習コンテンツを予測することができれば、教育の個別最適化の実現は可能となる。

 こうした個別最適化の実現により、生徒の学力をある程度向上させられるものの、現在の教育制度の下では、その効果は限定的になると言わざるを得ない。

 なぜなら、例えば、学習速度の速い生徒がさらに高いレベルの教育を受けたくても、教師は決められたレベルの指導を前提に訓練されているため、十分に生徒を支援することが難しいからである。

 AIによるパーソナライゼーションを導入するのであれば、学習のニーズやレベルに合わせて個別化された教育が受けられる仕組みが求められる。この仕組みが実現されることになれば、生徒と教師の双方に恩恵がもたらされることになる。

 つまり、特定の分野に優れた学習成果を発揮した生徒は、その分野の能力をさらに高めることができるし、ある科目で習熟度が速く他の科目で遅い生徒は、それを考慮した教育を受けることが可能となる。

 他方、教師は全ての生徒を対象にした教育方針を選ぶ必要がなくなり、自分の能力を最大限に発揮できる分野に全ての労力と時間を費やせばよくなることから、より専門性を高められる。

 文部科学省の調査結果によると、2023年度の全国小中学校の不登校児童生徒数は34万人を超え、10年前と比較すると、小学生では5.4倍、中学生では2.3倍に増えている。一方、精神疾患で休職した公立の小中学校の教員は7119人で、統計を取り始めた1979年以来初めて7000人を超え、過去最多となっている。

 こうした原因は、単に、生徒の多様化が進んでいることにあるといった画一的な説明で片付けられるものではない。

 どの科目でものみ込みの速い生徒と遅い生徒は存在し、その差は広がる一方であるため、今の教育制度では、高学年になるに従って問題が深刻化することは否めない。

 それゆえ、AIによる個別最適化の実現は、こうした教育に関わる諸問題を解決するための一助となり得るが、AIの潜在能力のさらなる発揮には、現在の教育制度の見直しが求められることになる。

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雨宮寛二 日本と世界のDXはどこまで進んでいるか

『世界のDXはどこまで進んでいるか』(新潮新書)の著者・雨宮寛二氏が、国内の先進企業の事例を中心に、時に海外の事例も交えながら、ビジネスのデジタル化とDXの最前線について解説する。

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