個々の社員に求められる「キャリアオーナーシップ」

――人材ポートフォリオを再構築する上では、社内における人材の流動性を高めることも課題となりそうです。

斉藤 そのための施策として、人材公募制度の拡充を図り、社員が自らの意志で挑戦しキャリアを切り開くことを後押ししています。募集頻度を年1回から2回に増やすとともに、「自職場PR」として全職場が社内イントラネット上で業務内容や職場の紹介を行い、情報をオープンにしています。

 これらの施策を通じて、人材公募で登用した社員数は2023年までの4年間で約10倍に拡大しました。ただ、実数はまだまだ少ないので、さらに社員の自律的なキャリア構築を支援しながら人材の流動性を高めていきたいと考えています。

――外部からの専門人材の獲得にも注力しているのでしょうか。

斉藤 再生可能エネルギーやトレーディング、デジタルなどの分野でプロフェッショナル人材の採用を進めています。経験者採用比率は2020年度の7.2%から、2023年度には28.6%にまで上昇しました。

 外部からのプロフェッショナル人材は、それぞれの領域で専門性を発揮してくれるだけでなく、組織に刺激を与えてくれる存在でもあると考えています。

 当社グループは、新卒採用のプロパー社員が全体の9割以上を占めています。加えて、これまではゼネラリスト養成に主眼を置いたジョブローテーションを行ってきたため、幹部職クラスにもなるとほとんどが顔見知りです。それはそれで良い側面もあるのですが、同質性が高まってしまうデメリットがあります。

 その意味で、外部の人材が持つ価値観や仕事の進め方、スピード感、目標に対するこだわりといったものが、組織に良い刺激を与えてくれている。そうした変化を、この数年で実感しています。

――人事戦略が大きく方向転換する中で、個々の社員の意識改革も重要になりそうです。

斉藤 個々の社員がそれぞれの領域で専門性を見いだし、プロフェッショナル人材として成長していくためには、一人ひとりがキャリアの根底にある意識や価値観をぶれずに持つことが求められます。

 すなわち、社員自身がキャリアのオーナーであるとの意識を持ち、「自分はどの分野・業務で貢献したいのか」と主体的に考える「キャリアオーナーシップ」の醸成が不可欠と考えています。

 ただ、社員からすると、いきなり「キャリアオーナーシップを持て」と言われても戸惑ってしまうでしょう。今、人事部門のメンバーが社員説明会を地道に重ねながら、自分がやりたいことや貢献できることを主体的に考えることの重要性を社内に伝えているところです。

 先ほど紹介したCIRCLEも、個々の社員が理想のキャリアと現在地とのギャップを認識することで、キャリアオーナーシップの醸成の一助になればと期待しています。

変革の中でも変わらない「安心・安全・信頼」のブランド価値

――2024年11月には「東京ガスグループ 人的資本レポート2024」が公開されました。同レポートの作成・公開には、どのような狙いがあるのでしょうか。

斉藤 当社グループは長く規制産業であったこともあり、これまで自社の人事の取り組みについて外部に積極的に公開することはありませんでした。ただ、人的資本経営に対する世間の関心が高まる中、対外的に当社の取り組みをアピールする必要性を感じ、レポートの公開に踏み切りました。

 また、社内に目を向けると、各事業分野の専門性を高める方向に組織構造を転換する過程で、個々の社員の間にグループ全体の方針や他部署の取り組みに対する関心が薄れる懸念があります。

 そうした課題を解決するとともに、グループとしての一体感を醸成し、社員が自分の言葉で東京ガスグループの取り組みを語れるようになってほしい。そういう狙いもありました。

 いざ公開してみると予想を超える反響があり、メディアの取材を受ける機会も増えました。社員がお客さまなどから感想をいただくこともあるようです。また、社内の一部の部署ではこのレポートを活用してディスカッションを行うといった波及効果も生まれています。

――東京ガスは140年続く長い歴史の中でまさに今大きな転換期を迎えていますが、一方で、普遍的に守り続けていく経営哲学や価値観もあるのではないでしょうか。

斉藤 経営戦略の話をすると、どうしても成長領域に陽が当たりがちです。とはいえ、会社を支え、社会を支えている屋台骨は都市ガス事業です。自社の大きな変革の中にあっても、エネルギーを安定的に供給する「安心・安全・信頼」が東京ガスグループの最大のブランド価値であることに変わりはありません。

「第3の創業」を迎えるに当たっては、もちろん社員一人ひとりが変化を受け入れ、新たなマインドセットを獲得する必要があります。それでも、社会のエネルギーインフラの一翼を担う「安心・安全・信頼」の姿勢は、グループ全体が共有する普遍的な価値観として未来に受け継いでいくべきものと考えています。