自動車メーカーと競合しないのか?

──デンソーが表も裏も含めて確実に動作するシステムを作り上げられるのは、やはりこれまで培ってきた技術やノウハウがあるからでしょうか。

林田 「何でもやったことがあるから」と言った方が正確かもしれません。現在のクルマの中にある製品で、デンソーが手掛けていないものはないと言えるでしょう。これは当社の大きな強みです。さまざまな経験を積み重ねてきたことで、クルマの中の部品について深い知見を持っています。例えば、ADASとコックピットシステムを組み合わせる際にどのような課題が生じるかといったことが分かるので、そこに私たちの価値を提供できると考えています。

──デンソーのソフトウエア開発は、量産品の開発だけでなく、先を見据えた研究も含まれていますか?

林田 両方です。量産製品として開発する部隊もあれば、ソフトウエアの先行開発を行う組織もあります。将来のソフトウエアについては、社内の先端技術研究所にあるAI研究部門にて研究開発を進めているものもあります。また、グループ会社のデンソーITラボラトリなども含めて、境界を区切ることなく連携しています。

──先ほど、ソフト・ハード分離という言葉が出ましたが、自動車メーカー各社も自社の研究開発部門でOSなどのソフトウエア開発を加速させています。その場合、自動車メーカーとデンソーとは競合することになるのでしょうか?

林田 クルマにはさまざまな法規制があり、例えばエンジン始動からメーターやリアカメラを表示させるまでの時間などには、厳密な要件があります。市販の基本ソフト(OS)をそのまま搭載しても、これらの要件は満たせません。

 このような作り込みは、自動車メーカーやIT企業だけでは難しい領域です。ただし、ソフト・ハード分離の流れは確実に到来します。その中でわれわれは、リアルな部分での制御をつかさどるソフトをしっかり作り込み、ソフトとハードを統合して確実な動作を担保できる製品を生み出す。そこにわれわれのビジネスの可能性があると考えています。

──つまり、今話題になっているSDVは、従来の自動車のソフトウエアの考え方と断絶しているのではなく、延長線上にあるということでしょうか?

林田 その通りです。中国企業の急成長や大規模な投資などを見ると、あたかも新世代の自動車は従来の自動車とは全く別のものとして登場したような印象を受けるかもしれません。しかし、いろいろなことができるようになったとしても、クルマはクルマなのです。

 人の命を預かっているという点で、「走る・曲がる・止まる」のベーシックな部分は絶対に譲れません。「スマートフォンにタイヤを4つ付けたらそれがSDVだ」というような考え方は、個人的には正確な表現ではないと考えています。SDVの時代においても、安全性の担保が最も重要な課題なのです。


【後編に続く】クルマはなぜ嗜好品としての魅力がさらに高まるのか? デンソーが見通すSDV時代のクルマ作りと社会の姿

■【前編】「スマートフォンにタイヤを付けてもSDVにはならない」 デンソーがこだわる「クルマはクルマ」の真意 ※本稿
【後編】クルマはなぜ嗜好品としての魅力がさらに高まるのか? デンソーが見通すSDV時代のクルマ作りと社会の姿

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