スマートフォンとクルマはどこが違うのか?
──自動車のソフトウエアは、複雑化と統合化が進んでいると聞きます。
林田 その通りです。例えば、これまではHMI(ヒューマン・マシン・インターフェイス=ハンドルやスイッチなどドライバーが操作に使用する部品とメーター、ディスプレイ等の情報表示機器の総称)だけを見ていれば良かったものが、現在はADAS(先進運転支援システム)のセンサーと連携して動作するようになっています。これにより、事業領域をまたぐ製品となり、両方の知識が必要になってきました。
さらに、2つの機能を制御するには、単純に機能を繋ぎ合わせればいいというわけではありません。例えば、エンジンやADASのような「走る・曲がる・止まる」に関係する、いわば人命に関わる部分の制御は、自車の速度の他、周囲のクルマや道路などの環境の情報をリアルタイムでセンシングして処理する必要があります。一方で、カーナビゲーションやカーオーディオなどIVI(イン・ビークル・インフォテインメント)系の制御については、センシングや処理の優先度が下がるため、処理のタイミングが全く異なります。
これらを統合する際には、単純に接続するだけでは機能しません。全体をまとめて、優先度を設定し、安全を担保した上でお客さまに価値を提供する必要があります。要はゼロから設計し直さないと、統合ECUはうまく機能しないのです。
──スマートフォンのように、ソフトウエアを追加していけば何でもできるというイメージを持ちがちですが、そう単純な話ではないということですね。
林田 その通りです。スマートフォンはアプリケーション層とOSやハードウエア層の間で仮想的な処理が可能です。つまり、アプリケーションとハードウエアの間にクッションとなる仮想レイヤーがあり、ソフトとハードは分離しています。
一方、クルマの場合、ソフトウエア開発とハードウエア開発を分離して行う「ソフト・ハード分離」という言葉が最近よく使われますが、実際にはそう単純ではありません。クルマは人命を預かっているため、「仮想」ではなく「リアル」な世界でシステムが動作する必要があります。リアルタイムでセンシングし、処理して制御する必要があるため、ハードウエアとアプリケーションの間にある、センサーやアクチュエーターのリアルタイム処理層が非常に重要になります。

例えば、スマートフォンはフリーズすることもありますが、クルマの場合、メーターで同じことが起きれば、走行中にスピードを認識できなくなってしまいます。これは絶対に許されません。1つのECUで、処理のタイミングが異なる機能が同時にアクセスする状況でも、フリーズやリセットが発生しないよう安全を確保することが、われわれの重要な役割なのです。
──スマートフォンでは、ユーザーが設定を変えたりアプリを入れ替えたりすることで同じ機種を見た目も操作性も機能も別物に変更できるのが当たり前です。「クルマがSDVの時代を迎えている」と言われる中で、クルマでも同じようなことができるようになる、という話がすでに実現直前のように語られていますが、実際にそうなるのでしょうか。
林田 ユーザーさまや自動車メーカーさまの視点からすれば、そのように捉えていただいて構いません。ユーザーが「自分でアプリをダウンロードしたい」「好みの走りにカスタマイズしたい」と望むのは、その通りだと思います。それがSDVで実現できることの一つだと考えています。
ただし、それを実現するためには、安全性をしっかりと担保した上で、確実に動作するようなシステムを作り上げる必要があり、それこそがわれわれの仕事です。表でいろいろなことができる部分と、裏でしっかりと支える部分、この2つの世界があることをお伝えしたいと思います。