15歳からプロミュージシャンとして活動し、バークリー音楽院でJAZZを学んだ後、外資系コンサルファームでパートナーを歴任したキャリアを持つ松永エリック・匡史氏。異色のバックグラウンドから生まれた独自の思考によって、ビジネスの世界で活躍してきた。現在は大学教授も務める同氏が、これまでの仕事を振り返りイノベーションにつながる思考法をまとめたのが著書『直感・共感・官能のアーティスト思考』だ。同氏が提唱する、先行きが不透明な時代に必要な「アーティスト思考」とは何なのだろうか。
■【前編】一人称の感性がイノベーションの源に 松永エリック・匡史氏が語る「アーティスト思考」が今こそ力を発揮する理由
■【後編】欧米型の成果主義がイノベーションを阻害している?松永エリック・匡史氏が唱える日本企業に必要な「過去への回帰」(今回)
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最近の若者は「官能」を知らない
――本書では「アーティスト思考」を実践する上でのキーワードとして「直感・共感・官能」の3つを掲げています。
松永エリック・匡史氏(以下敬称略) 誰かの課題を解決しようとするMBA思考やデザイン思考の枠にとどまっている限りは、先行きの見えないVUCAの世界についていけなくなる、とお話しました。
誰かの課題でなければ、何を取り扱うべきなのか。その答えが自分の感性――すなわち「直感・共感・官能」です。
自分の感覚を信じ、物事の価値を瞬時に捉える「直感」。第三者の感情に寄り添い、価値を感じる「共感」。感覚器官を最大限に敏感にすることで得られる「官能」。従来のビジネスでは重視されなかったこれらの感性が、新しい価値創造をもたらすアーティスト思考の起点となる――これが、本書で一貫して述べている私の主張です。
中でも、最も大事なのが「官能」です。ここまでお話したように、アーティスト思考において発想の起点となるのは、自分が「好き」「心地良い」「欲しい」と思う一人称の思い、すなわち官能だからです。
ただ、大学教員として大学生と日々接していると、不安になることがあります。
デジタルネイティブの彼らの多くは、「いいね」「バズっている」というネット共感依存に陥っています。仮に「好き」と感じたとしても、そこには他者視点のバイアスが入り込んで「好き」と思わされているだけかもしれない。
ネット上の口コミも問題です。あらゆる情報が溢れているため、まずいものや不快なものを、身をもって体験することなく避けられてしまう。まずいものを食べた経験がなければ、本当のおいしさは分からないでしょう。
他者視点のバイアスやリスクを避けられる環境が「彼らの官能を鈍らせているのではないか」と懸念しています。
――ビジネスの観点では、人々の官能が鈍るとどんな影響がありますか。
エリック 官能が鈍っている人はそもそもモノへの欲求が強くありません。コンテンツの無料提供やサブスクが良い例でしょう。すでにフリーミアム*な形でないと需要が喚起できないような状態で、マネタイズがどんどん難しくなっていると感じます。
*フリー(無料)とプレミアム(割増料金)を組み合わせた造語で、無料と有料を組み合わせた収益モデルのこと。基本的なサービスや商品を無料で提供する。
今後、官能が鈍った人たちが消費者やユーザーのマジョリティを占めるようになれば、さらなるサービスの質や価格の低下、ひいては市場のシュリンクを引き起こすようなシナリオもあるのではないかと危惧しています。
これからの商品やサービスの設計においては「官能を教える、思い出させる」というプロセスが必要なのかもしれません。その意味では、カスタマージャーニーにおける購買・契約の手前のプロセスをどこまで捉えるか、という視点が重要になると思います。