本稿は、IGPIグループでデジタルを活用した業務プロセスの改革・構築(DX)に関する豊富なコンサルティング実績を持つ上田剛氏が、DXの推進・実装を任された実務者(DXのコントロールタワー)のためにまとめた書籍『実務担当者のためのビジネスプロセスDX実装ガイドブック』(上田 剛著/東洋経済新報社)から一部を抜粋してお届けします。前編では、ビジネスプロセスDXを「既存事業」「ビジネス部門」から着手すべき理由を解説するとともに、DX議論時に起こりがりな“認識のずれ”を防ぐために有効な3種類の「デジタル化のパターン」について整理します。

■前編 DXは「既存事業」「ビジネス部門」から着手すべき理由とデジタル化の3パターン(今回)
■後編 DX実装の流れ

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なぜDXでは「既存事業」「ビジネス部門」から着手すべきか

■ 広範なDXの着手領域

 DXは一般に、「ビジネスをデジタルで変えること」と定義されている。DXと聞いて、あなたは何を想像するだろうか?下記に例を挙げたように、人によってイメージするものは様々だ。

・紙に書いていた請求書のシステム入力
・手書き文字の自動読み取り
・印鑑の電子化
・給与明細の電子化
・対面会議のWeb会議化
・顔認証による入館管理
・コピペ作業のRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)化
・部署間システムのデータ連携
・商品にRFIDを貼り付けて在庫の所在をリアルタイム管理
・ガスタービンの異常予知
・顧客の離脱予測
・車の自動運転
・売り切り型ビジネスモデルのサブスクリプション化

 各人の思い描くイメージがバラバラなままでは、組織が同じ方向へ効率的に動くことはできない。とりあえず動き出せたとしても、どこかの時点で必ず、認識の違いを確認・調整するためのコミュニケーションに、多くの時間を割かれることになる。まずは、今目指しているDXとは何か、関係者の間でイメージを揃える必要がある。

■ 効果が生まれやすいのは既存事業のDX

 DXとは「ビジネスをデジタルで変えること」なので、前半の「ビジネスを」がどの範囲を示しているか、後半の「デジタルで変えること」が何をどのように変えることかを整理していく。まずは、前半のビジネス適用範囲を定義する。図表1-1を見ていただきたい。

 ビジネス適用範囲として、まず切り分けるべきは、既存事業と新規事業だ。既存事業には、過去のデータがあり、課題が(少なくとも表面上は)見えている。課題解決のため何をDXすればよいのか当りを付けやすく、DXを実施した前後の定量的な評価もできる。つまり、DXの効果を見込みやすい。いっぽうで、新規事業には当たり前だが過去のデータはない。課題は見えているものではなく、試行錯誤的に当りを付けながらٖマーケットの反応を見るしかない。そしてそもそもが、デジタル化が、必ずしも新規事業につながるとは限らない。つまり、DXの効果が見込みづらい。

 よって、DXでまずやるべきは、確実性の高い既存事業の磨き込みである。本書は、既存事業を対象としてDXを解説する。冒頭に箇条書きした例で言うと、新規事業にあたる「売り切り型ビジネスモデルのサブスクリプション化」等は扱わない。既存事業と新規事業のどちらの話をしているか、という認識が揃っていないと、会話がかみ合わなくなるので注意したい。

■ 他社との差が生まれるのはビジネス部門のDX

 次に切り分けるべきは、ビジネス部門とコーポレート部門だ。

 本書では、開発・調達・製造・マーケティング・営業・アフターサービス等、価値を創り、顧客に届ける部門を、ビジネス部門として定義する。価値を創造・提供するビジネスプロセスは、同じ業界でも、会社によって異なる。各部門のインプットとアウトプットが連続してつながることで、ビジネスプロセスを形成し、創り出された価値が最終的に顧客に届く。ある部門で見つかった問題が、実は前工程の部門に起因することもあるので、ビジネスプロセスの全体を見てDXを検討しなければならない。各部門の縦割り視点ではなく、横串を通したプロセス視点で見ることが肝要である。

 コーポレート部門は、人事・経理・総務・法務・IT・経営企画等、会社の運営を担う部門だ。ビジネス部門と同様にDXの効果が見込めるが、ビジネス部門と比べると、コーポレート部門のビジネスプロセスには、会社間の大きな違いはない。また、ビジネスプロセスが部門を超えてつながることは少なく、基本的には各部門内でDXを検討することになる。

 本書では、顧客に届ける価値に直結する、会社固有のビジネスプロセス全体をDXすることを目的とするため、ビジネス部門を対象として解説する。冒頭に箇条書きした例で言うと、コーポレート部門にあたる「給与明細の電子化」等は扱わない。ただし、コーポレート部門でもDX実装の方法論は変わらないため、本書を参考として適用してもらうことは可能だ。