お客さま自身で資産をフォローできるデジタルサービスを

 「目指すのは、“今”以上の“未来”」をコーポレート・スローガンに掲げ、多様なビジネスに取り組んできた野村ホールディングス。2021年にスマートフォン向け投資情報アプリ「FINTOS!」のサービスを開始。このシステム構築プロジェクトが評価され、2022年には「2021 Google Cloud カスタマー アワード」を金融サービス部門で受賞するなど、デジタルへの取り組みが高く評価されている。2022年4月より、野村ホールディングスのデジタル・カンパニー長兼営業部門マーケティング担当となった池田肇執行役員に、DX推進の成果や今後について聞いた。

――野村ホールディングスがDXに取り組んだきっかけを教えてください。

池田 スマートフォンが約15年前に登場し、特に4、5年前からは24時間365日手元にあるという状況が浸透しました。それとともに、これまで金融機関が対面で提供してきたサービスが、お客さま自身がスマートフォンなどでサービスを活用するという形に変化してきています。われわれもデジタルを活用して、お客さまの利便性の向上を目指し、ビジネスモデルも変えていく必要があるだろうということで、2019年に「未来共創カンパニー」という社内グループ横断組織を設立しました。そこからさらなるバージョンアップを目指し、2022年4月に「デジタル・カンパニー」へと改組して現在に至ります。

――どのようにDXを進めていったのでしょうか。

池田 われわれにとって一番重要なのは、ユーザー視点に立ち、お客さまのご希望や課題に対して一つ一つサポートしていくことです。

 資産運用の原点は、自分自身の資産を管理することです。多くの方は複数の金融機関とお取引があって資産が分散していますが、その全体像を簡単に把握したいと思っています。そのためには金融機関を超えた管理が必要となりますが、そういったサービスが提供できていないという問題意識がありました。そこで、マネーフォワードさんと共同で資産管理アプリ「OneStock」を開発しました。マネーフォワードさんの、複数の資産を一元管理できる技術を活用した「OneStock」の開発により、資産管理をする上で重要な観点となるストック全体の把握ができるようになりました。

 もう1つの問題意識は情報収集。資産管理・運用には、正しい情報を収集することが重要です。当社には大勢のアナリストがおり、リサーチ情報を機関投資家向けに提供しているのですが、個人のお客さまにはなかなか届けられていませんでした。そこで「FINTOS!」という投資情報アプリを開発し、われわれのリサーチ情報を個人のお客さまにもスマートフォンを通じてお届けできるようになりました。

 カスタマージャーニーという点からいうと、もう1パーツありまして、ご自分の持っている資産について、お客さま自身で取引や管理ができる「NOMURA」アプリを開発しました。

 今後は、デジタルと対面を組み合わせたサービスを検討しています。デジタルで提供するサービスも拡充しながら、複雑なお悩みについては当社の担当者が対面でフォローさせていただく。そういったことがうまく組み合わせられれば、今まで以上に多くのユーザーにサービスを活用していただくことができます。

――具体的に、現在取り組んでいらっしゃることはありますか。

池田 2021年12月に、日本で有数のAIファームであるPreferred Networksさんと一緒にファンドのパイロット版をリリースしました。資産を管理して情報を収集し、取引してフォローするという一連の投資行動を通じて、お客さまが一番求めているのは、ご自身の資産ポートフォリオのパフォーマンスを上げていくことです。そのために、有益な情報を収集したり、常にポートフォリオを考えて入れ替えていくというところにうまくAIを活用できないかとPreferred Networksさんと考えています。今後、パフォーマンスの上がるようなものがファンドとして出来上がれば、お客さまにどんどん提供していく予定です。

 現時点で一連のサービスは整いつつあるので、次は中身をブラッシュアップして、お客さまのパフォーマンスがより上がるようなものにしていく必要があります。実は「未来共創カンパニー」の設立当初、「デジタル・ファイナンシャル・アドバイザー」の実現を目標として掲げました。名前の通り、お客さまがデジタル上で完結できる金融サービスを構築するというものですが、今、パーツが少しずつ出来上がってきているところです。

――DX推進のために行った、社員の意識改革などがあれば教えてください。

池田 社員自身もスマートフォンやデジタルサービスを日常的に使っているので、DXの必要性は誰もが感じていると思います。ただ、それをきちんとサービスとしてお客さまに届けるためには、それなりの準備やスキル、投資などが必要ですので、外部からの人材採用を積極的に行うようになりました。現在、デジタル・カンパニーには、外部から採用した人材と、アドバイザーのような働き方をされている方が合わせて約80名おり、DXに対する意識を具体的なサービスへ転換するための改革を進めています。

 お客さまの利便性やサービスの質を向上させるためには、対面のサービスも重要ですが、デジタルサービスの重要性もかなり高まってきています。オンラインとオフラインがうまく融合されたサービスを、お客さまがシームレスに使えるようにする。そのサービスをより使い勝手のよいものにしていくためには、やはり専門的なスキルが必要です。プロパーの金融人材と外部のDX人材をうまく融合させていくことが重要ですので、その点を意識してDXを進めています。

――社内セミナーや研修なども開催されているのでしょうか。

池田 社員のデジタルIQを上げるために、DX人材によるオンラインセミナーなどを行っています。そこで習得したものを実際にわれわれのビジネスに組み入れていくことも重要ですが、何より社内カルチャーを醸成するという意味で非常に大事な取り組みだと思います。

――御社のような金融業は、お客さまと対面でサービスを行うことが基本でした。それがデジタルによってユーザー完結という方式に転換されつつあるというところで、コロナ禍により対面が難しくなったことに影響を受けた部分はありますか。

池田 われわれのような金融機関には対面の強みがありますので、コロナ禍が始まった当初は、お客さまのところに訪問できないことへの心配や不安はありましたが、結果的にはものすごいスピードで改革が進み、今やオンラインの活用など、お客さまとの関わり方も多様化しました。

 コロナ禍が落ち着いてきた後は、訪問やご来店による対面サービスと、オンラインの利便性などのメリットをうまく組み合わせていく世界になると思うので、デジタル化はさらに重要になってきます。そうなると、オンラインの音声や画質の向上だけにとどまらない付加価値の整備も必要ですね。