「地域価値共創グループ」へ、まずはDX人材100人を目指す

――DXで大切なのは、デジタル化ではなくトランスフォーメーション(変革)だといわれます。肥後銀行がDXの先に目指す姿とは、どのようなものでしょうか。

笠原 当行ではこれまで一般的な地方銀行と同様に、主に店舗での対面営業で蓄積した情報を基に顧客への価値提案を行ってきました。デジタル技術が発達した今、強みの部分は残しながら、従来型のやり方を大きくアップデートしていく必要があります。

 本部業務の削減や効率化、ペーパーレス化といった業務プロセス改革はもちろんのこと、「デジタル技術を活用した新たな顧客体験」の提供や「地域社会のDX」に注力しようというのが当面の課題です。前者においては、例えば、データ活用による新たな価値提案や顧客とのデジタルコミュニケーション能力の向上が挙げられます。後者は、地域内の各種データを活用することによる産業活性化支援やグループ会社との連携によるDX支援です。

 企業のDX支援など、本業である金融の枠を超えた取り組みは、「地方銀行は地域社会とともにあるもの」という考えに基づいています。長期での目指す姿を「地域価値共創グループ」とし、持続可能な地域社会の実現に貢献すべく最も力を入れていこうとしている分野となっています。

――目指す姿に向けて、これまでどのような施策を展開されてきましたか。

笠原 個人向けの新たな取り組みとしては、九州フィナンシャルグループが2021年12月にリリースした「Hugmeg(ハグメグ)」というスマートフォン用のアプリケーションがあります。

 『Bank4.0』の著者であるブレット・キング氏が、2011年に創設した米国に本社を置くモバイル金融サービスプロバイダーであるMoven社との提携によるサービスです。今はまだ普通預金口座開設や家計簿など金融系のサービスを提供するアプリケーションですが、将来的には地域の情報を網羅して高度な顧客体験を実現できるようなプラットフォームを目指しています。

 顧客の決済情報の収集にも力を入れています。収集したデータはシンクタンクの地方経済総合研究所で分析を行っており、すでに地方自治体などで活用いただいた実績もあります。例えば、コロナ禍で企業の売り上げがどう変化しているのかといったデータは、経済統計を待つと数カ月かかりタイムリーな判断ができません。当行が収集・分析するデータを活用すれば、よりタイムリーに施策を打っていけるようになるというわけです。

 一風変わったところでは、当行のグループ会社で交通系のICカード(くまモンのICカード)を手掛けています。熊本県や熊本市が交通系の磁気カードから撤退した際に、熊本にはJRのような大手の鉄道会社がないため、福岡か東京のICカードに変えるべきかどうかという議論がありました。

 当初、収益化は困難だという意見もありましたが、熊本のデータを熊本で蓄積することが将来的に重要になるだろうと判断し、赤字覚悟でこの事業を受けることになったのです。まだまだ赤字ですが、黒字化できる可能性も出てきていますし、何よりデータを蓄積していくことによって地域の価値を高める新たなビジネスが展開できるようになると考えています。

 中小企業のDXを支援するコンサルティングやデジタル基盤開発などのサービスは、2021年から本格的に力を入れています。私は将来的に、このビジネスが本業の金融業をもしのぐ規模になると本気で考えています。

――組織や人材採用・育成についてはどのように対応・整備されてきましたか。

笠原 頭取に就任して以降、一貫してキーワードとして掲げているのはSDGsとDXです。就任後初めての組織改変ももちろん、SDGsとDXを重
視したものでした。

 DXに関する体制としてはまず、代表取締役頭取を委員長とする「デジタル・イノベーション委員会」を2019年10月に設置しました。委員会は、DXに関する方針・戦略策定・進捗管理等を行い、経営執行会議・取締役会で決議する体制となっています。委員会の設置から半年後には、経営企画部の中にDXの推進・管理・統括を行うデジタルイノベーション室を設置しています。経営企画部に位置付けたのは、DXが経営の根幹だというメッセージを社内外に発信するためです。経営企画部とIT統括部が社内横断的にDXを推進し、全体最適化を図れる体制になっています。2021年4月には、営業部門のデジタル化をさらに加速させるべく、デジタルマーケティング部も新たに創設しています。

 人材採用・育成に関しては、社内でDXを推進する人材を定義し、資格取
得や研修受講、実務経験などを踏まえて認定する仕組みとしています。当面の目標として2023年度までに100名のDX推進人材の育成・登用を目指しています。

 これから経営を担う可能性のある人材については、職種の異動も計画的に行っています。DXを重要テーマに据えるからには、経営層にはできる限りITやデジタルの分野への理解を深めてもらいたいという考えです。例えば、現在の経営企画部長はもともと勘定系システム更改プロジェクトの開発責任者ですし、逆に、前IT統括部の副部長は、経営企画部グループ長経験者です。また、経営企画部とIT統括部間の人材の交流だけではなく、現IT統括部長は営業店の支店長からの登用です。

 あまり同時進行で人材をクロスさせてしまうと業務に支障をきたす可能性がありますし、全員の知識・経験を均等にするのは困難ですが、できるだけ多くの人がITやデジタルの知識を共通言語として持っている状態を構築できるよう進めています。

 採用では中途採用にも力を入れています。金融機関でのIT部門の経験者はもちろんのこと、SIerやベンダーといわれるような企業からの人材も広く募っています。年代もさまざまで、20~30代に限らず50代の方を採用した実績もあります。多くの企業では定年制によってまだ働ける優秀な人材を退職させてしまっていますが、当行ではそういう人材も大歓迎です。コロナ禍や自然災害の増加などを受け、都市部からのUターンを検討している人も増えていますので、そういった方もどんどん受け入れていきたいと考えています。

 SDGsであれ、DXであれ、その実現のベースとなるのは人材です。採用にも育成にも今後ますます力を入れていくことになるでしょう。

大きなビジョンは必要だができることからコツコツと

――これまでの取り組みを通して、DXの成功には何が重要ですか。

笠原 まずは経営者がビジョンを持つことではないでしょうか。DXによって10年先、20年先の自社をどんな会社にしたいのか。経営者がそのビジョンを設定することが大前提です。

 一方でビジョンの実現に向けた取り組みは、できることからコツコツと始めていけばいいと思います。テレワークの枠組みを作るとか、ペーパーレス化に着手するとか、無理なくできそうなことからまずはやってみる。そんな小さな変化から少しずつデジタルリテラシーが上がっていくはずですし、人材も育っていきます。一朝一夕に実現できるものではないと割り切って計画的にやっていくべきでしょう。

 例えば、九州フィナンシャルグループの子会社である九州デジタルソリューションズは、もともとは肥後銀行の子会社として内部のシステム開発を担っていました。積極的に外に打って出たり、クリエイティブな提案をしたりする機会はあまりない会社だったのです。そんな同社も、私がずっとDXが大事だと言い続けてきたところ、徐々に積極的な態度が見えるようになってきました。そういう変化が見て取れることが大切で、今後に大いに期待しています。

――今後の展開について伺います。

笠原 いつも言っていることなのですが、DXは産業革命です。今は、鉄や電気、蒸気機関が生まれて世界が大きく変革した時代と同じということです。いずれの時代においても、国や地域、企業の盛衰は、その時代に生まれた新しい技術を使いこなしたか否かで決まってきたという歴史があります。現代の私たちも、デジタルという新しい技術を使い、生産性を高めたり新しいビジネスを生み出したりということを成し遂げなければ、明日はないのだと思います。

 当行もそんな時代の中でビジネスをして生き残っていかなければなりません。ただ、地方銀行は自社の利益を追求するというよりも、地域が活性化すれば自然と利益があがっていくビジネスです。当行は、地域の発展あってこその存在ということになります。運命共同体の一員として「その地域にどんな銀行があるかによって地域の未来が変わる」という覚悟と気概を持って、地域全体のDXに貢献していきたいと考えています。