大丸松坂屋百貨店 代表取締役社長 澤田 太郎氏

 全国主要都市に15店を展開する大丸松坂屋百貨店は2021~23年度の中期経営計画で重点課題の一つとしてDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進を掲げ、特定の商品領域に特化したEC(電子商取引)サイトの新規開設など、オンライン活用ビジネスの拡大に乗り出した。

 その采配を振るのが20年5月に社長に就任した澤田太郎氏だ。JBpressは22年3月25日に小売業の経営者や幹部、DX推進や経営企画、人事などの部門のビジネスパーソンを対象に、第7回目となる「リテールDXフォーラム~リテールDXの実現と新価値創造へ~」をオンラインで開催する。そこで、特別講演を行う澤田社長に同社が進めるDXの基本的な考え方などについて聞いた。

<JDIR編集部からお知らせ>
「第7回 リテールDXフォーラム」は好評のうちに終了しました。澤田氏の講演採録記事は以下でお読みいただけます。
大丸松坂屋百貨店が進める「百貨店の強みを生かすDX」~「意味性商材」を主戦場に「人」の力をデジタルで拡張する
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/69454

インバウンドが百貨店のDXを遅らせた

――百貨店のDXの状況をどうみますか。

澤田 遅れていると思います。当社も流通業界では比較的早い約30年前にPOS(販売時点情報管理)システムを本格的に導入し、自社カードとPOSの購買データをひも付けましたが、それから進化が止まってしまいました。

 百貨店はお客さまとのタッチポイント(顧客接点)をデジタル化することの重要性に気付きませんでした。アマゾンエフェクトが騒がれた時期に「これはまずい」と思い始めた人もいましたが、ちょうどそのときインバウンド(訪日外国人客)消費が起きて、危機感が薄れ、対応が遅れたのは否めないと思います。

――澤田さんが20年5月に社長に就任すると同時にデジタル事業開発部が新設され、21年3月にはDX推進部ができました。危機感があったのですか。

澤田 そうですね。店舗だけの「一本足打法」では限界で、既存店舗のリモデルだけでは先細りになる。事業を成長させる伸びしろとなるのはオンラインしかないという思いは就任前からありました。

 そこで大手IT企業に転職した元社員を会社に呼び戻し、彼を推進役に立てて、デジタルラボという小さな組織を作りました。これがデジタル事業開発部になり、後のDX推進部になりました。

――DX推進部の機能とDXの方向性は。

澤田 DX推進部は①インフラとなるシステムを見る部隊、②デジタルを活用した新規事業を興す部隊、③既存事業をOMO(実店舗とオンラインの融合)化する部隊――で構成しています。

株式会社大丸松坂屋百貨店 代表取締役社長 澤田 太郎氏 / 1960年1月17日神戸市生まれ。83年3月滋賀大学卒業後、4月大丸入社。大丸神戸店でバイヤーや企画などを経験し、11年大丸神戸店長、12年に大丸心斎橋店長に就任。大丸心斎橋店本館の建て替えを指揮し、新しい百貨店モデルの具現化を進めた。18年にJ.フロント リテイリング株式会社 取締役 兼 執行役常務経営戦略統括部長に就任。20年、株式会社大丸松坂屋百貨店 代表取締役社長に就任し、百貨店の変革に取り組む。

 彼らには「アマゾンとは異なる存在感を出さないと意味がない」と言っています。われわれの主戦場は実用性商材ではなく、日常生活には必要不可欠ではないように見えるが、楽しさやわくわく感を満たし人の心を動かす「意味性商材」です。また人の力を最大限に活用し、人を前面に出すというDXに対するビジョンを持っています。

「意味性商材」の市場は決して小さくない

――「意味性商材」は百貨店に強みがあるのは確かですが、マスにはならず、市場が小さいのではありませんか。

澤田 マーケットが細分化されるから、売上規模が小さいかというと、そうとは限りません。例えばラグジュアリーや高級時計のマーケットです。間口の広いマスマーケットではないものの、コロナ以前よりも売上は伸びており、これまでの稼ぎ頭であった婦人服を上回る店舗も出ています。

 また国産アパレルにおいても、以前は年商100億円で一人前のブランドと言われた時代がありましたが、今は間口は狭くても個性的な年商10億円のブランドを10個作る戦略の方がより現実的だと思います。

このような意味でも、年商500億円以上とも伺っている23区さんのようなビッグブランドは、今後出てこないのではないか、と思います。

 日本酒でも大量生産・大量消費型の酒蔵はどんどん淘汰されていますが、一つ一つ丁寧に物作りをしている酒蔵が今注目されています。当社は新政酒造(秋田市)と組んで日本酒の文化的価値や楽しみを知っていただくイベントを実施しました。

 フィギュア製造の海洋堂(大阪府門真市)には伝説的な人気アニメキャラクターのフィギュアを1体300万円弱で制作していただきましたが、売れました。これは確かにマーケットは小さいのですが、ファンにはたまりません。そういう価値のある商材をわれわれは探して、キュレーション(情報収集と目利き)していかなくてはならないと思います。

コスメとアートのOMO事業に期待、外商もオンラインで

――現在展開しているオンライン事業の中で最も将来性があるものは何ですか。

澤田 22年3月末に生まれ変わるコスメの「デパコ」と同1月に立ち上げたアートのOMO「アートヴィラ」には期待しています。もともと百貨店の得意分野であり、人の力をデジタルで拡張させるというわれわれが一番やらなくてはいけないことを体現できるメディアですから。次はどんなカテゴリーでやろうかと考えています。

――驚いたのは外商客向けサイト「コネスリーニュ」です。外商もオンラインでうまくいくのかと。

澤田 外商客と言っても、最近は首都圏や名古屋を中心に40代、50代のお客さまが多いのです。この世代は必ずしもお宅への訪問を好まず、タッチポイントをオンライン化しても抵抗が少ない。以前は封筒で送っていたホテル催事の案内をコネスリーニュのメール機能で送り、お客さまが開封されたら電話してアポを取っています。

 大丸松坂屋百貨店のアプリを使って、カード番号を登録するかアカウントを入力すれば、自動的に外商のお客さまだと認識し、コネスリーニュのタブが出てきます。

――現在仕込んでいるプロジェクト数は。

澤田 大小含め5つくらいです。スピードは速く、22年度に何らかの形でスタートさせたいと思っています。

実店舗の売り場の在り方も変わる

――DX推進に伴って、婦人服など実店舗のいわゆる普通の売り場をどう変えていきますか

澤田 普通の売り場でもタッチポイントをデジタルにすると、例えば婦人服のテナントでは、ブログや当社のホームページにアップする作業が発生します。しかも今は画像や動画も必要なので、店舗のフロアにスタジオを造らなくてはいけない。オンラインのメディア支援のチームが店舗に必要になるなど働き方も変わってきます。

 あるブランドは、展示会段階でお客さまに選んでもらい、その商品を1点だけ作るというオンライン受注会を開催しています。店頭でお客さまにスタッフが付いて、別のスタッフが展示会会場や工場に張り付いて、中継する。するとオンラインで接客するスペースが必要になる。応接機能とカメラがあって、お茶やケーキを食べていただける、そんなスペースが今後は婦人服ビジネスに必要になるのではと考え、動きだしています。

――最後に、小売業のDXに興味を持っている人にメッセージを。

澤田 百貨店は厳しい業界だと思われていますが、僕は十分に盛り返していける、われわれにはまだまだチャンスがあると考えています。その大きな武器はDXです。「本当か?」と思う人はぜひ僕の講演を聞いてください(笑)。

◇ ◇ ◇

 3月25日に開催される「第7回 リテールDXフォーラム」の澤田社長の特別講演「大丸松坂屋百貨店のDXへの挑戦」では、コロナ禍を契機に大丸松坂屋百貨店が何に気付き、百貨店として強みを発揮するマーケットをどのように再定義したのかを解説。そしてアートやコスメなど同社が現在展開しているECサイトの取り組みを紹介。また新たな領域であるサブスクリプション(定額課金)サービスやD2C(消費者直販)ブランドのOMOショップ、仮想空間「メタバース」への出店実験など、同社の取り組みを余すことなく紹介する。

<JDIR編集部からお知らせ>
「第7回 リテールDXフォーラム」は好評のうちに終了しました。澤田氏の講演採録記事は以下でお読みいただけます。
大丸松坂屋百貨店が進める「百貨店の強みを生かすDX」~「意味性商材」を主戦場に「人」の力をデジタルで拡張する
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/69454