世界共通のマネー?
このような市場ベースの取引が全世界で広がれば、「排出権」のような権利が、国境を超えてマネー類似の機能を果たす可能性も考えられます。
マネーの歴史をみると、その機能の根本にあるのは、穀物を作ったり金や塩を掘り出すための人間の労力など、誰もが納得できる単位を用いて、さまざまな財やサービスの価値を定量化する、価値尺度としての機能です。そうだとすると、全ての人間が何らかの形でエネルギーを使って生きている以上、「地球を壊さずに済むエネルギー」も、やはり、世界共通の価値尺度となり得るでしょう。
また、マネーにとって最も重要なメカニズムは、「過剰な発行を防ぐ」ことによる信認確保です。この点、例えば排出権は、概念的には地球の負荷そのものが発行量の上限となり得ます。地球を壊してしまうほどの量は発行できないはずだからです。
このように考えていくと、「グリーンであることの認証付きのエネルギー」などが、将来的に「世界共通のマネー」となる世界も考えられないわけではありません。そうなると、まさに映画 “Solo” の世界に近づくわけです(もちろん、必ずしも、これらが日々の買い物に使えるということではなく、さまざまな通貨をつなぐ共通の交換尺度となる可能性の方が高いでしょうが)。
その時、エネルギーの「認証」には高度なデジタル技術が必要となるでしょう。例えば、二酸化炭素を排出せずに作られる「グリーン水素」とそれ以外の水素とは、水素そのものを見ても区別がつきません。それぞれの水素の製造過程まで検証しなければいけないわけで、デジタル技術抜きには困難と考えられます。
現在、排出権などの価格は、市場の思惑などによりかなり大きく変動しています。これは、脱炭素化に関する各国のスタンスを巡る思惑や、世界的に見れば排出権などの取引インフラが十分に整備されていないことなどを反映しています。
逆に言えば、排出権やグリーンエネルギーがグローバルなマネー代わりに使われるぐらいその価値や市場の見方が安定すれば、多くの経済主体が温暖化防止に向けた取り組みの共通の目安を持ちやすくなり、地球の持続性にも資すると考えられます。そのためのインフラ整備は、今後、全世界的な課題となっていくでしょう。
◎山岡 浩巳(やまおか・ひろみ)
フューチャー株式会社取締役/フューチャー経済・金融研究所長
1986年東京大学法学部卒。1990年カリフォルニア大学バークレー校法律学大学院卒(LL.M)。米国ニューヨーク州弁護士。
国際通貨基金日本理事代理(2007年)、バーゼル銀行監督委員会委員(2012年)、日本銀行金融市場局長(2013年)、同・決済機構局長(2015年)などを経て現職。この間、国際決済銀行・市場委員会委員、同・決済市場インフラ委員会委員、東京都・国際金融都市東京のあり方懇談会委員、同「Society5.0」社会実装モデルのあり方検討会委員などを歴任。主要著書は「国際金融都市・東京」(小池百合子氏らと共著)、「情報技術革新・データ革命と中央銀行デジタル通貨」(柳川範之氏と共著)、「金融の未来」、「デジタル化する世界と金融」(中曽宏氏らと共著)など。
◎本稿は、「ヒューモニー」ウェブサイトに掲載された記事を転載したものです。