連載「ポストコロナのIT・未来予想図」の第10回。マネーのイノベーションの鍵は民間のイニシアチブだ。中央銀行デジタル通貨に長く関わり、現在は民間企業などによる「デジタル通貨勉強会」の座長を務める元日銀局長・山岡浩巳氏が解説する。
前回まで、フェイスブックが主導するリブラや中国のデジタル人民元の取り組み、米国のGAFAや中国のBATなどの“BigTech”のデジタル決済への参入、それらが各国による中央銀行デジタル通貨(CBDC)の検討を促していることを紹介してきました。では、CBDCについて、現在どのような方向での検討が行われているのでしょうか。
直接発行型中央銀行デジタル通貨
CBDCのわかりやすい姿として考えられるのは、中央銀行が全国民に直接デジタル通貨を発行し、あらゆる取引をカバーするというものです。いわば、全国民が中央銀行に口座を持ち、商店で買い物をすると、買った人の中央銀行口座から商店の中央銀行口座に、買い物の金額分の残高が移転する、といった形です。
しかし、この場合、「決済用の銀行預金はもう要らない」と考える人々が市中の銀行の預金を引き出して中央銀行口座に移し、結果として預金が大幅に減ってしまうかもしれません。
預金の役割は、銀行振込や振替、口座引落しなどの決済機能を果たすだけではありません。預金を通じて集められたお金は、貸出の原資となり、企業の運転資金や設備資金、個人の住宅ローンなどの原資となっています。CBDCが発行されたために、企業や個人が貸出を受けられなくなってしまうのでは困ります。だからといって、中央銀行が自ら企業や個人のリスクを評価してお金を貸すことは現実的ではありません。仮にそうしたことをすれば、資源配分の歪みや統制経済化といった問題が起こってしまいます。
また、「国民全員が中央銀行に口座を持つ」という形態では、個人が商店で日々の買い物をするなどの日常取引のデータまで、全て中央銀行に集まってしまいます。データの活用がこれからの経済のDX(デジタル・トランスフォーメーション)にとって鍵となる中、中央銀行が取引データを独占し民間による利用を難しくしてしまうことは、経済全体にとって望ましくないでしょう。