「金魚ではなく水を見よ」エコシステムが不足している

 合田氏には持論がある。

「日本で起業家を語る時、決まって登場するのが『熱い思い』という言葉です。例えていうなら、坂本龍馬に代表される幕末の志士的なマインドセットです。『日本を良くする』『世の中に貢献する』という志が、起業家には必ずあるかのように語られますよね。もちろんそういう起業家もいますが、皆が皆そうではない。『なんとなく面白がってやっているうちに、それがビジネスとして通用しそうな流れになっていた』というケースの方が実際には多いと思います。情熱や社会貢献のスピリットをもちろん否定するわけではありませんが、それさえあれば成功する、というわけでもありません。逆に、これこそ世の中を変えるビジネスモデルもしくはテクノロジーだというように、過度に『志』に固執すると、逆に失敗する確率が高まるように感じます」

 信念やビジョンにこだわりすぎると、起業後のピボット(うまくいかない事業の転換点)で判断を誤り、成長の余地を狭めてしまったり、最終的に失敗したりする危険性があるというのだ。

「『Will(意思)はあっても意固地にはならない』くらいのバランス感覚が重要です。そういう柔軟性がなければ、ビジネスを実施した時のユーザーの反応が予想と異なったとき、どうしたらいいか分からなくなってしまうんです」

 数多くのスタートアップ企業の盛衰と向き合ってきた合田氏は、「経営ビジョンは事業を実行していくうちに後付けで形成されて確立していった」というパターンの方が圧倒的に多いという。

 また合田氏は、「自立」を「孤立」と履き違えてはならないとも言う。「こうあらねばならない」と「志」にこだわりすぎると、周りも助けられず「孤立」を招いてしまう可能性もある。しかし本来スタートアップは、起業したての弱い存在だ。できるだけ周囲の人たちの助けを受けながら、上手に立ち上がり、したたかに真の自立をしなければならないとし、「生かされているという感覚が重要」と説く。

「例え『熱い思い』が思い込みで見当外れだったとしても、『アテは外れたが事業がうまくいけばそれでいい』『目指していた方向性と100%合致はしていないが、大局的に見ればこれもアリ』とポジティブに受け止め、ビジョンを修正しながら事業を続行すればいいと思います。どれが正解かという話ではありません。理想と現実の間にギャップが生じるのは当然なんです」

 事業を開始する前から狭い視野で「思い」を固めてしまうことの危うさ。合田氏はそんな例を見てきたからこそ、あえて警鐘を鳴らすのだろう。

 後編では、合田氏が指摘する日本のスタートアップに足りないものについてレポートする。