私は自宅で仕事をしている。執筆所を構えたり、ホテルに詰めるほど儲かっていないせいもあるが、それよりも家にいることが大切なのだ。

 朝7時半に、小学校教員の妻と中2の長男が出かけると、家には5歳の次男と私が残される。

 「保育園に行きたくない」とグチをこぼす子供をなだめながら、付きっきりでご飯を食べさせる。

 一人で食べてくれれば、その間にごみを捨てたり、食器を運んだりできるが、新年度が始まったばかりとあって落ち着かないらしく、子供は私が離れるのを許さない。結局、し残した家事は保育園にあずけた後に片付けることになる。

 洗濯物を干し、食器を洗う。浴槽を研き、掃除機をかける。さっきまでお茶わんやコップが並んでいたテーブルがそのまま仕事机になるので、面倒でも一通り片付けないことにはとても書く気になれないのである。ワープロをテーブルに置いて壁の時計を見上げると、たいてい9時半を過ぎている。

 その後も、仕事が一息つくたびに、私はレンジ回りを磨いたり、サイドボードのほこりを拭いたりする。自転車で駅前のスーパーまで買い物に行く途中にアイデアが浮かぶのもしばしばで、執筆の合間に家事をして、家事の合間に小説を書くのが習い性になってしまった。

 もっとも、それは順調にいっている時の話であって、ひと月かけて書いてきたものがどうにもならないらしいと落胆しながら夕食の支度をするのはなかなか辛い。頭も体もすっかり作品の中に入っていて、このまま浸れれば凄いものができそうな気がしても、夕方4時半になれば子供を保育園に迎えに行かなければならない。

 共働きでも、たいていの夫婦は、妻の方が常に家庭を念頭に置いていて、夫はあたかも独身者のように外で働くのではないだろうか。それが我が家では逆であって、雑事はすべて私に回ってくる。

 5歳になって随分丈夫になったが、1歳で保育園に通い始めた頃、子供は2週間に1度は熱を出した。そのたびに仕事は中断されて、日がな布団に寝転びながら、ぐずる子供の看病をしなければならない。