「金正恩主義」の代わりに出てきた言葉

──2021年になると、北朝鮮では「金正恩同志の革命思想」が叫ばれ始めました。

平井:金正恩政権がスタートした当初から、金日成・金正日主義を党の指導理念とするという考え方がずっと続いてきました。金正恩主義ではありません。

 これがずっと続くことは金正恩が望む状態ではないと、私は推測しています。金正恩には、いつまでも祖父や父の思想で社会が動いていくという状態から抜け出したいという気持ちが強くあると思います。

 本来であれば、「金正恩主義」という言葉が出てきてもおかしくないにもかかわらず、その言葉はまだ一切出てきていません。その代わりに出てきたのが「金正恩同志の革命思想」です。

「金正恩同志の革命思想」の中には、いろいろな要素があります。その柱が、人民大衆第一主義とわが国家第一主義であることは間違いありません。

 ただ、北朝鮮の政治指導的なことを扱うメディアの記事には、「金正恩同志の革命思想」について個々事例は列挙されていますが、まだ体系化されていません。つまり、「金正恩同志の革命思想」は、まだ確立されたものではなく、体系化が現在進行形で進んでいる状態なのです。

──「金正恩同志の革命思想」は、今後もどんどん変わっていく、ということでしょうか。

平井:現在の北朝鮮では、「全社会と全党を金日成・金正日主義で一色化しよう!」というスローガンが掲げられています。

 その状態で「金正恩同志の革命思想で一色化しよう!」というスローガンも出ています。「一色化」というのは、「一つの色に染める」ということです。

「どちらの色に染めるのか?」という混乱が生じないかと思うのですが、共存しています。それは、「金正恩同志の革命思想」は「金日成・金正日主義」の「継承、深化、発展」であるとされているからです。

 だから、2024年4月現在、北朝鮮では金日成・金正日主義と金正恩同志の革命思想が併存しています。

 ただ、金正恩は自己意識がとても強い人物だと私は感じています。世襲政権であるにもかかわらず、父や祖父を超えたいという意欲が、彼の行動や発言の端々に見られます。

 2024年1月に金正恩が最高人民会議の演説で、南北の平和統一は不可能であり、韓国を「敵国」であるとしたことは、その典型かもしれません。