旧西ドイツ・アウグスブルクに住むある年金生活者は、「ドイツ統一後、旧東ドイツの若者たちも、ナチスが第二次世界大戦中に犯した犯罪について、学校での歴史の時間に学んでいるはずだ。それなのに、若者までAfDを支持するというのは理解できない」と語った。

 AfDの中には、ナチスの犯罪を矮小化する発言を行う者がいる。内務省の捜査機関・憲法擁護庁は、AfDのテューリンゲン州支部や、ブランデンブルク州のAfD青年部を「ナチスに近い思想を持つ、極右団体」と断定している。

 しかもAfDの幹部の大半は、旧西ドイツ出身である。アリス・ヴァイデル共同党首、AfDテューリンゲン州支部のビョルン・ヘッケ支部長らは西側出身だ。それにもかかわらず、多くの旧東ドイツ市民がこの党を支持するのは、不可解である。

 AfDへの支持率が特に旧東ドイツで高い理由について、現政権に対する不満だけではなく、過去30年間解消されなかった東西間の格差への怒りもあるという見方がある。実際、ある世論調査によるとAfD支持者の約60%はこの党の政策が優れているから支持しているわけではない。彼らは、旧西ドイツ人が主導権を握る伝統的な政党に対して抗議するために、多くの旧西ドイツ人が嫌うAfDをあえて支持している。

 確かにAfDは、ユーロ圏やEU(欧州連合)からの脱退など、経済的に合理性を欠く政策を提案しているが、彼らは現政権に反抗するために正反対の政策を主張しているのだ。

 この点についてオシュマン氏は、旧東ドイツ人が社会主義時代に身につけた防御本能によって説明を試みている。つまり社会主義時代の東ドイツでは、市民は「国の支配体制(システム)」を敵と見なし、距離を置きながら生活することを学んだ。政府が社会の隅々に秘密警察の監視網を張り巡らせた社会では、体制と協力することは、腐敗すること、つまり体制に取り込まれることを意味したからだ。

 オシュマン氏は、「この姿勢は、今もなお旧東ドイツ人の心の中で生きている。したがって統一後の今日も、旧東ドイツ人の多くは旧西ドイツ人が牛耳っている政府やメディアを『体制』と見なして、距離を置きながら生きている」と指摘する。したがって旧東ドイツは、体制のアンチテーゼであるAfDを支持するというわけだ。

 そう考えると、多くの旧東ドイツ人たちは、過去34年間にたまった怒りを表現するためにも、6月の欧州議会選挙、9月の三つの旧東ドイツの州での州議会選挙でAfDを勝たせようとする恐れがある。

 オシュマン氏が提唱する東西間の対話だけでは、もはや解決できないほど溝が深まったと言うべきかもしれない。

熊谷徹
(くまがいとおる)1959(昭和34)年東京都生まれ。ドイツ在住。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン特派員を経て1990年、フリーに。以来ドイツから欧州の政治、経済、安全保障問題を中心に取材を行う。『イスラエルがすごい マネーを呼ぶイノベーション大国』(新潮新書)、『ドイツ人はなぜ年290万円でも生活が「豊か」なのか』(青春出版社)など著書多数。近著に『欧州分裂クライシス ポピュリズム革命はどこへ向かうか 』(NHK出版新書)、『パンデミックが露わにした「国のかたち」 欧州コロナ150日間の攻防』 (NHK出版新書)、『ドイツ人はなぜ、毎日出社しなくても世界一成果を出せるのか 』(SB新書)がある。

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