4月2日の第2回G20金融サミットを前に関心が集まった材料の1つに、「新基軸通貨」構想がある。ロシアや中国が、現在の米ドル基軸通貨体制に異議を唱えた上で提唱しており、自らの発言力が結果的に強まることを期待しながら、国際政治上のかけ引きにカードとして使っている感が漂う。

 筆者の知る限り、この構想が材料になり始めた発端は、ロシア政府高官が3月19日に、同国が提唱しているドルに代わる新たな基軸通貨構想を中国や他の新興国が支持している、と述べたことである。具体的には、外貨準備を補完するために創設された国際通貨基金(IMF)の特別引出権(SDR;ドル・円・英ポンド・ユーロから計算される一種のバスケット通貨)を通常の決済に使用していき、徐々に基軸通貨としての地位を確立していくという流れが想定されている。

 その後、3月23日になって中国人民銀行の周小川総裁が人民日報に論文を寄稿し、ドルに代わる新たな基軸通貨(スーパーソブリン)の構想を表明した。米国が国内のインフレ抑制に動けばドルについての国際的な流動性需要が適切に満たされにくくなる一方、米国が過剰に景気刺激に動けばドルの流動性が過剰供給されてドルという通貨の安定が確保されにくくなるという、ドル基軸通貨体制がそもそも内包している矛盾(いわゆる「トリフィン・ジレンマ」)を、同総裁は論文の中で指摘。ドルに代わるものとして、SDRの役割を強化するよう主張した。

 翌24日には中国の温家宝首相が、「米国は基軸通貨の発行国なので、その通貨は適切に管理すべきだ」と述べて、信認が低下してドルが下落するようなことがないよう、節度ある経済政策運営を米政府・米連邦準備理事会(FRB)に対して求めた。

 こうした動きに強く反発したのが、当事者である米国。オバマ大統領は3月24日、「米ドルは現時点で、きわめて強い」「米国経済が世界で最も強く、安定した政治体制を持っているからだ」「(新たな国際準備通貨創設を)必要とは思わない」と発言。ガイトナー財務長官やバーナンキFRB議長も新基軸通貨は不要という見解を表明した。もっとも、ガイトナー長官は翌25日、中国の提案を容認したとも受け取れる発言ミスをしてしまい、外為市場でドルが一時急落した。

 また、経済再生諮問会議のボルカー委員長は同日、「ドルの役割が突然小さくなるという、まったく新しい国際通貨システムを追求するのは、現実的ではないと思う」とした上で、中国がドル相場の先行きに神経質になっていることにも触れて、「(中国は)そもそもドルを買う必要はなかったのだから、問題を自ら助長したという事実を無視している」という、実に的確な指摘を行った。中国は人民元の大幅上昇を回避するために米ドル買い介入を続け、その結果、同国の外貨準備にドルが積み上がっていったからである。

 すると今度は、ロシアから発言が出てきた。3月29日、ロシア政府のドボルコビッチ経済顧問は、第2回金融サミットの場で新基軸通貨問題についての合意がなされる可能性は乏しいことを認めつつも、SDRを構成する通貨が拡大されるのは当然であり、ルーブル、人民元など他の通貨が含まれる可能性がある、と述べた。メドベージェフ大統領は同日の英BBCインタビューで、新基軸通貨創設構想への支持を表明。「現在の通貨体制が、現在起こっている問題に対処しきれていないことは明らかだ」「将来的には、国際通貨体制は、他の地域で準備通貨として使われている通貨をも含む多通貨バスケット制に基づくものにならなくてはならない」と発言した。

 このように様々な要人発言が飛び交っているわけだが、為替・資本取引の自由化が進展している今日、基軸通貨がいずれの日にか米ドル以外の何らかの通貨にシフトしていくとしても、それはおそらく、ある日突然トップダウンで人為的に決まるというのではなく、市場がドル以外の別の通貨が基軸通貨にふさわしいと判断し、選好するようになって、徐々に決まっていくものであろう。現状、ユーロや円にはそうした資格はないと、筆者は判断している。経済的に弱っても、あるいは財政バランスが悪化しても、消去法でドル基軸通貨体制が続かざるを得ないだろう。

 米国や日本のほか、ユーロ圏も、ドル基軸のままでよしとする姿勢を取っている。トリシェ欧州中央銀行(ECB)総裁は30日に欧州議会で行った証言の中で、オバマ米大統領が新基軸通貨創設構想に反対する意向を表明したことは非常に重要との認識を示し、現在は新たな方向性を模索するのではなく危機をめぐる政策決定の実施に注力すべきだ、と述べた。要は、危機対応で手一杯なのでそうした遠大なテーマをじっくり考える余裕はない、ということだろう。仏大統領府筋は同日、金融サミットは新基軸通貨の問題を協議するのに適切な場所ではない、とコメントした。

 結局、「新基軸通貨」というのは本来的に、中長期的に議論されるべきテーマにすぎないというのが、筆者の考えである。ただし、世界同時不況の震源地である米国がその政策発動余力の現実問題としての乏しさゆえに「持久戦」を選択しつつ、他国に財政出動などを要請するという苦しい立場に追い込まれていることから、マクロ経済政策をめぐる当面の国際協調の微妙なさじ加減をみていく上で、注目に値する話の1つであるとは言えるだろう。

 この間、30日の米国市場では、大手自動車メーカー2社の再建計画を米政府作業部会が事実上拒否し、破産法活用の可能性も視野に入れた強い姿勢を見せたことから、不安心理が増大し、株価が急落。ニューヨークダウ工業株30種平均は前日比▲254.16ドルの大幅安。筆者が注視している前日比200ドル超の騰落日数カウントは、これで3月に入って「3勝3敗」になった。昨年8月以来の勝ち越しの成否は最終営業日31日の取引に委ねられる。米国債利回りは株安をにらみつつ低下したが、NY連銀による3回目の国債買い入れ額が前2回よりも少額にとどまったことで売り戻される場面もあった。

 様々なニュースが出てくる日々であればこそ、右往左往することなく、軸足をぶらさずに対応する必要性が一段と増してくる。景気悪化・金融危機の構造的な根の深さ、経済政策発動の限界と勝算のなさ、超金融緩和の長期化見通しといった要素を組み合わせると、内外の長期金利は一段と低下するはずだという結論が導き出されてくる。