日銀の須田美矢子審議委員は4日、京都府金融経済懇談会で挨拶(講演)を行った。同委員は日本経済の現状について、「崖から深い谷に転げ落ち、霧の濃いぬかるみの中を彷徨っている状態にあります」と形容。いわゆるリーマン・ショックをきっかけに「世界経済および国際金融資本市場の状況は一変」し、「輸出の急落を通じてこれまでに経験したことのないほどの劇的な景気下振れを余儀なくされています」「足もとの経済指標をみる限り、わが国経済は、当面、悪化を続ける可能性が高い」とした。そうした状況認識には、筆者としても違和感がない(厳密に言えば、日本経済はまだ崖から落ちている途中で、ぬかるみに「着地」はしていないと筆者は考えているが)。

 その後の部分で須田委員は内外経済について、できるだけ明るい兆しを指摘しようと試みた。「不確実性は高いとはいえ、ほんの少しずつですが、前向きな材料が出始めているのも事実です」と述べた上で、(1)中国経済の明るい兆し(PMIの上昇や上海株価指数の上昇など)、(2)米国経済の明るい兆し(1・2月のISM製造業景況指数や1月の小売売上高の市場予想比上振れ、1月の社債発行額大幅増加など)、(3)国内製造業の思い切った減産で在庫がさほど積み上がっていないこと、の3点が挙げられた。

 明るい兆しの最初に中国経済を挙げたのは、須田委員がそこに回復の胎動らしきものを最も強く感じているからではないかと推察されるのだが、たまたま同じ4日、中国関連でいくつかの動きがあった。

 中国国家統計局・物流購買連合会から発表された中国の2月の製造業PMI(購買担当者景況指数)は49.0(前月比+3.7ポイント)。3カ月連続の上昇で、指数の水準としては、リーマン・ショックがあった昨年9月(51.2)以来の高水準となった。好不況の分岐点である50は回復していないものの、内訳はまちまち。生産や新規受注が50を超える一方、輸出受注や雇用は50割れの水準にとどまった。受注残は44.2となっている。

 もう1つは、4日の日本や香港などアジア、さらには欧米の主要株価指数が、上記のPMI上昇に加え、5日に開会する全人代で温家宝首相が景気刺激策の規模をこれまでの4兆元から拡大すると発表する見通しだと中国政府高官が発言したことを足場に、いわば「中国期待」から上昇したことである。

 内陸部でインフラ整備などの公共投資を推進し、金利引き下げや所得補填措置などで個人消費を刺激する。中国の景気対策の手法は、どこかで見たことがあるなと感じている人は少なくないのではあるまいか。そう、日本の1990年代の大型経済対策と、よく似ているのである。筆者のみるところ、中国経済の悪化は、米国の過剰消費構造崩壊で輸出が減少を余儀なくされたことによる「ドミノ倒し」の一部分である。

 したがって、外資系を中心とする輸出企業が集積している沿海部・都市部の景気悪化にこそ問題があると言えるだろう。しかし、公共投資が打たれるのは、かねて経済格差の拡大が問題視されてきた内陸部が中心となるようである。「患部」と「処方箋」に、すれ違いがあるのではないか。また、公共事業の上積みには、(1)経済効果が一巡した後で「断層」が生じてしまうという問題や、(2)借金が積み重なって財政バランスが悪化し、その後始末で将来の経済成長が抑制されやすくなるという問題点がある。

 筆者は地方出張に出ていた4日の帰路、たまたま中国経済に関する本を読んでいたのだが、その中で最も印象的だったのは、中国経済というのは高度経済成長期であっても、過剰供給体質ゆえにデフレの期間が長く、普通なら税収が伸びて財政黒字が増えそうなものなのに実際には赤字続きだという点などで特異な国だ、という指摘だった。中国の財政面での制約が、今後クローズアップされてくる可能性が潜在している。

 また、中国当局が総量規制(窓口指導)をやめて、金融機関に貸し出しを強く促している状況も、よく考えてみると問題含みである。1月のマネーサプライが伸びを高めるなど、マネーの面で景気回復の兆しがあるというのが、一般的な受け止め方。しかし、景気が悪化しており、企業の信用状況が芳しくなりつつある局面で、安易に(あるいは無理に)貸し出しを伸ばしていくと、どうなるか。あとで発生するのはおそらく、不良債権の山である。