12月21日、東京・新宿の日本オリンピックミュージアムで行われたイベントで挨拶する橋本聖子東京五輪組織委会長(写真:ZUMA Press/アフロ)

(舛添 要一:国際政治学者)

 コロナ禍で1年延期して開催された東京オリンピック・パラリンピック大会は、競技ではわれわれに大きな感動を与えてくれた。その意味では、「成功」と言うこともできるが、多くの無理を押し通しての開催が残した問題はあまりにも多い。

パンデミック下でも「“東京モデル”に倣って五輪開催」がスタンダードに

 12月22日、大会組織員会は理事会を開き、大会の総括を行った。

 まず、コロナ感染下での開催について、7月以降、42人の選手を含む869人がコロナに感染したが、101万件の検査による陽性率は0.03%だったとして、「安全・安心な大会運営」ができたと胸を張った。

 しかし、日本国民のPCR検査が遅々として進まず、感染が拡大する中で、五輪関係者のみを特別扱いして優遇したことは、五輪から国民を遠ざけることにつながったとも言える。

 気候変動の影響もあって、最近では6〜10年の間隔で新たな感染症が発生している。つまり、夏、冬と2年に1回開かれる五輪の半分は感染症に世界が襲われているときの開催となる。パンデミックにもならない小規模の感染症もあるので、3回に1回は世界規模の感染症流行の下での開催となると考えていたほうがよい。

 今回の東京五輪が感染症対策に「成功」したことで、IOCはこれを「東京モデル」として採用し今後もパンデミック下の開催を強行する方針である。

 しかし、その方針でよいのであろうか。「TOKYO2020」は、1年延期から始まって開催決定まで、大きな政治的動員をかける羽目になり、その議論の過程で失われたものは多い。賛否の議論だけでも、多くの時間とエネルギーを割くことになったのは周知の通りである。