病床確保においても戦略的な「兵站」の成果が如何なく発揮された。

 NHSには「NHSデジタル」(本部・西ヨークシャー州リーズ市)という約6000人が働く情報・IT部門があり、そこが患者との最初の窓口になるGP(家庭医)から患者個々人の情報を吸い上げている。これが医療体制の効果的運用を可能にした。

 多数のデータサイエンティストがGP経由で送られてくる情報をもとに、地域ごとの将来のコロナ患者数の予測などを行い、経営陣がどの病院のどの部門を閉鎖・縮小し、どの設備と医療スタッフをコロナ病床やICUに振り向けるか、あるいは逆にどのコロナ病床を元の部門に戻すかといった決定や勧告をしている。的確で詳細な予測と指示によって、ごく短期間で必要な病床と医療スタッフの確保を実行しているのである。

厳しいロックダウンでNHSの活動を下支え

 こうしたNHSの活動を下支えしたのが厳しいロックダウンだ。英国は昨年3月23日からロックダウンに入り、時期によって強弱の差はあったが、今年7月19日まで続いた。この間、外出は生活必需品の近所への買い物と1日1回の運動に限られていた。同居人以外とは屋内で会うことはできず、食料品店・銀行・薬局・郵便局など、生活に欠かせない店以外はすべて閉鎖された。理髪店も閉まっていたので、筆者は家内とお互いに散髪をしたが、単身赴任の日本人ビジネスマンたちは鏡を見ながら自分の髪を切っていた。

 違反者には最大で960ポンド(約14万4000円)の罰金が科された。マスクをあごのあたりまでずり下げていた白人男性が警官3人によってスーパーの床に押さえつけられたり、ジョギングをしていた男性が「呼吸が激しすぎる」と自治体の見回り職員に注意されて口論になったり、闇で営業していたパブの店主が罰金1万ポンド、客はそれぞれ罰金500ポンドを科されたり、100人規模の結婚式を闇で開いた会場に警官隊が突入し、結婚式を中止させ、会場提供者に1万ポンドの罰金を科したりした。さすがにこれだけやると、社会に険悪な雰囲気も漂い、今思い返すと灰色の日々だった。

 ロックダウンによってウイルスを駆逐するのは難しいが、感染者数を大幅に抑えることができ、医療体制やワクチンが開発されるまでの時間稼ぎができる。特に、昨年3月から4月にかけての時期は、NHSもまだ新型コロナの治療法も手探りで、ロックダウン以前に感染・発症した患者(ボリス・ジョンソン首相を含む)が次々と運び込まれる中、新コロナ病床の準備と治療チームの編成、他部門から来た医療スタッフのトレーニング、医療スタッフに対するサポート体制の構築、病床を空けるためのコロナ以外の患者の健康状態のチェックと退院手続きなど、やるべきことが山積で、まさに“戦場”だった。この一番苦しかった時期を支えたのがロックダウンだ。