さらに康氏は、今回の「金敬姫氏登場」の不自然な点をいくつか指摘している。

「今回登場した金敬姫氏が本物なら、北朝鮮指導部は金敬姫氏をなんらかの地位に任命したはずだが、北朝鮮メディアは“元秘書”と紹介した。これもおかしな点だ」

 金日成主席と金正淑(キム・ジョンスク)夫人らとパルチザン活動を一緒にした黄順姫氏(ファン・スンヒ=北朝鮮の女性抗日運動家、朝鮮革命博物館館長)は最近、100歳で死亡したが、肩書を死亡するまでそのまま持っていた。もし金敬姫氏が本当に生存しているなら、旧正月の記念公演で紹介する時、現在の肩書で紹介されるはずなのだが、実際には現職の肩書なしで、「金敬姫元秘書」と呼んだ。これはあり得ないことだ、というのだ。

 また健康状態も、以前の金敬姫氏を知る人からすれば、首を傾げたくなるようなものだった。

 金敬姫氏はだいぶ前からアルコール中毒で、同時に心筋梗塞や糖尿病などさまざまな病気も患っていたので、“総合病棟”と呼ばれていた。約6年前に金敬姫氏が姿を消す直前には、顔もだいぶ痩せ、一目で病状が重いことが分かるほどだった。しかも移動には車椅子を使わなければならなかったのだ。

 ところが約6年後に現れた金敬姫氏は、顔色も良く、顔に肉も付き、いかにも健康そうだった。金敬姫氏は1946年生まれだから今年で74歳になる。果たして、本当にあそこまで健康状態が回復されたのか疑問だ。

 金敬姫氏は、金正日総書記時代に、兄・金総書記が主催する「喜ばせ組」(喜び組)の宴会にほぼ毎回欠かさず参加していたが、酒好きの金敬姫氏の酒量は相当なものだという。この事実は金正男(キム・ジョンナム)氏の母親・成恵琳(ソン・ヘリム)氏の姉・成恵琅(ソン・ヘラン)氏の息子である李韓永(本名、イ・イルナム、1982年に韓国に亡命)氏の本で証言している。彼女がアル中だったというのは確かなようだ。

 三池淵劇場で不自然な点はまだある。李雪主夫人が金与正氏とは互いに目を合わせ笑いながらも、二人の間に座っていた淑母の金氏には目もくれなかったのだ。金敬姫氏が本物なら、これはいかにも不自然ではないか。

 さらに不自然なのは、金敬姫氏とされる人物が、金委員長と李雪主夫人などと一緒に公演会場に入場するとき、カメラが回っているのに気が付いて、李雪主夫人の後ろに身を隠すようにしたことだ。その様子は、ユーチューブチャンネルNKTVが入手した動画に収められている。本物の金敬姫氏ならカメラから身を隠したりする必要はないだろう。

「影武者」登場は大粛清の前触れなのか

 今回の金氏の登場にもっとも驚いているのは、実は北朝鮮幹部らだろう。記録映画などですでに彼女の痕跡は消されているので、処罰されたことは明白だし、労働党幹部ならば、金氏が「毒殺された」ことは皆知っていることだからだ。

 最近、北朝鮮当局は経済事情の悪化で、朝鮮労働党中央委員会(党本部)幹部たちと内閣の幹部たちへの月給と配給を負担する余力がないためか、人員を3分の2に縮小し、3分の1の人員を地方に降格しているという。言ってみれば「地方で自分の力で暮らせよ」ということだ。

 そうした中での、“ニセ金敬姫”の登場だ。北朝鮮幹部たちは、じっと息をひそめだしたという。またもや粛清の血しぶきが飛ぶのではないか、という恐怖に震えているのだ。