法案は政府にとってのリスクも孕む。棄権に回った74人の下院議員の約7割にあたる50人は、「強権化」を批判する与党内左派系だ。採決を棄権した一人マティユ・オルフェラン議員(共和国前進)は、「法案はデモへの参加権を著しく阻害する。悪意を持った政権なら悪用できる」との抗議し、与党を離脱した。春にも予定される法案の最終採決では与党分裂という事態もありうる。

マクロンは「対話」アピール

 治安対策での政権の強硬姿勢を「ムチ」とすれば、大統領は「アメ」も差し出す。二つを使い分け、暴力集団と理性的な一般国民の“分断”を狙う。「生活改善を」という庶民のもっともな要求には昨年末、総額110億ユーロ(約136億4000万円)の財政出動で応じてみせた。年明けからは全国津々浦々で住民との対話集会を重ねる。「アメ」にあたる取り組みの核心だ。

 マクロン氏は1月12日、対話行脚に先駆けて「国民あての書簡」を公表した。「皆さんの怒りを問題解決につなげよう。国民の提案によって国のための新たな契約を作り、政府と議会が取る行動と欧州連合(EU)及び国際社会におけるフランスの地位を決めよう」と呼びかけ、34項目の国民への「質問」を提示した。いずれも、政府が国民の意見を聞く方針を示した4つの重点課題にかかわるものだ。4つの課題とは「税制」「国家の組織」「環境保護」「民主主義と市民の役割」である。マクロン氏は対話集会で住民の発言に耳を傾け、政府が今後進める「改革」についての世論の温度を図っている。

 国民と向き合う対話姿勢をアピールする場でもある。1月18日に南部のロト県を訪れたマクロン氏を、地元の男性年金生活者とその妻が呼び止めた。男性は「この1月から昨年に比べて年金が月額100ユーロも減った。なぜか?」と2枚の明細書を手に詰め寄る。マクロン氏はその場で明細書を丹念に読み、「変だね。調べて連絡するから電話番号を教えて下さい」とフォローした。もちろんテレビカメラが目の前で回っている。「尊大で金持ち優遇の大統領」との批判を和らげる狙いはあったろう。それでも、仏メディアは「困った人に耳を傾ける姿勢を演出することには成功した」(フランス・アンフォ・テレビ)とまずは好意的に評価した。こうしたこともあり、マクロン氏の支持率はこの1か月で3~4ポイント改善している。

 ただ、政策の中身でマクロン氏が国民の期待どおりの回答を出す保証はない。1月24日に南東部ブール・ド・ペアージュで開かれた集会では、中年男性が「政府は富裕税を廃止したのに、家のない人が毎年300人以上も戸外で死亡しているのをなぜ放置するのか」と詰問した。マクロン氏は顔色ひとつ変えず「富裕税は復活しない。近隣国に比べて劣るフランスの生産力を回復させるためだ」と一歩も譲らなかった。

 マクロン氏は住民との対話に加え、人々に要求や不満を自由に書いてもらうノートを地方の役所に置く世論調査を始めた。これは、最後の絶対君主で断頭台の露と消えたルイ16世王が「請願陳情書」と呼ばれる政策要求リストを提出するよう人々に命じたのに似ている。だが、ルイ16世がとったこの方法は逆効果をもたらした。ガス抜きにならず、国王への反感を刺激し、革命への道を開く結果となったのだ。このため、一部にはマクロン氏をルイ16世になぞらえる不吉な報道も出ている。市井の人々とのやりとりに、超エリートとしてのオーラを振りまくマクロン氏の人柄への嫌悪感も背景にあるだろう。

 フランスの大統領は任期が5年で固定され、本人が辞職・死亡したり革命が起きたりしない限り政権は崩れない。いまマクロン氏の取り組みの成否を占うのは早すぎる。重要なのは、欧州全体の景気が減速する中、高止まりする失業率を引き下げ、国民生活にゆとり感を多少なりとも与える経済好転への手立てを講じていくことだ。