ここに1冊の文庫本がある。新人物往来社が出版した秋月達郎氏による『海の翼―トルコ軍艦エルトゥールル号救難秘話』という本である。

在外邦人は日本政府が救出してくれることを望んでいる

トルコ海軍エルトゥールル号(ウィキペディア

 イラン・イラク戦争中の1985年3月17日、イラク軍は3月19日以降、イラク領空を飛行する航空機への無差別攻撃を宣言した。

 この時、イラン国内に取り残され、帰国する手段を持たない苦境に立たされた在留邦人に対し、トルコ政府は日本人救出のため特別機を提供し在外邦人の救出に当たった。

 その背景にある100年前のトルコ海軍エルトゥールル号救出への恩返しを描いたドキュメンタリー小説である。

 小説とは言いながらそれぞれにモデルが存在し、イランに在留する日本人の取り残された焦りや恐怖感、また、欧米の航空会社が自国民を優先して搭乗させているのに、なぜ日本の航空機は救出のために飛んできてくれないのかという日本政府に対する情けない思いなど当時の現場の雰囲気が、ひしひしと伝わってくる。

 その当時は、自衛隊に対して「在外邦人等の輸送」という任務が規定されていなかったために自衛隊の航空機を派遣することはできない状態であった。

 その後、自衛隊法が改正され、現在では自衛隊法第84条の3において、「防衛大臣は、外務大臣から外国における災害、騒乱その他の緊急事態に際して生命または身体の保護を要する邦人の輸送の依頼があった場合において、当該輸送の安全について外務大臣と協議し、これが確保されていると認める時は、当該法人の輸送を行うことができる」と規定されている。

 現状、自衛隊法によるこの規定が、我が国における在外邦人輸送の唯一の根拠であるが、この条文には3つの重要なポイントがある。

 最も重要なポイントは、「在外邦人等の輸送」であり「救出」ではない点である。次に「輸送の安全が確保されている」ことであり、最後に「外務大臣からの依頼」があることである。

邦人輸送と邦人救出

 残念ながら現在の自衛隊法では、あくまでも輸送の安全が確保されている状態で自衛隊機を民間機の代わりに輸送機として(あるいは、海上自衛隊の艦艇を)使用できるという規定であり、在外邦人の望む邦人救出とは異なる。

 我が国では、邦人輸送と邦人救出が同じ概念で使用されている懸念があり、さらには、自衛隊法の規定で邦人救出が可能であるように解釈されている。