前回まで、新聞社をはじめとする記者クラブ系報道と検察の関係について書いた。その延長線として、元検察官の三井環さんに話を聞いた時のことを書く。

 三井さんはずっと会ってみたい人の1人だった。

 2002年4月、大阪高検の公安部長だった三井さんは、検察の「裏金」(調査活動費の不正流用)をテレビ番組で告発しようとして、何とインタビュー収録当日の朝に逮捕されてしまった。

 三井さんをそのあと待っていたのは「犯罪者」としての過酷な人生だった。

 最高裁まで争ったあげくに懲役1年8カ月の実刑判決を受けた。2008年10月に刑務所に放り込まれ、仮釈放も認められず(全体の2%しかいない)、満期を服役してやっと出てきたのが今年の1月だ。

三井さんにどうしても聞きたかったこと

 出所以来、三井さんに1対1で話を聞こうと機会を待っていた。出所直後は新聞や雑誌のインタビューで多忙を極めておられるだろうからと、時期を待った。公開の講演会を聞きに行き、立ち話をしたりして、感触を確かめていた。実は、三井さんという人物がどういう人なのかよく分からなかったので、慎重に構えたのだ。

 逮捕の時、新聞報道は「悪徳検事・三井」一色だった。暴力団幹部周辺からマンションを買ってどうたらこうたら、女をあてがわれて接待を受けたなんたらかんたら(この件は無罪だった)と、とんでもない話ばかり逮捕容疑として並んでいた。ヤクザみたいな検事だったら困るなと思っていた。

 ところが、何度か会ってみると、三井さんは純朴というか素朴というか、無邪気なくらい開けっぴろげな、人のいいオジさんだった。

 私も過去に検察庁を担当して何人かの検事、元検事さんとつきあいがある。三井さんは、その中で「突飛」とか「異常」とかという印象はない。ただ、開けっぴろげすぎて、検察幹部の威光を利用しようとする悪い連中も寄ってくるだろうということは容易に想像できた。そういう人たちをうまく制御できなかったのかもしれない。

 三井事件を取材していた記者仲間に聞くと「三井さんは内部告発するには脇が甘すぎる」と本音を言う。