南福岡自動車学校の教習コース。車のドアに「かめライダー」のイラストが描かれている

「手帳を見られてたんですよ」

──見られていた?

「手帳を机の上に置き忘れて帰ったんですね。あ、手帳を忘れたと思って戻ってみたら、手帳を開いて見られていた」

 南福岡自動車学校 取締役 総務部部長の山田康之氏は、会社が大混乱に陥っていた時期の「今でも忘れられない出来事」をこう振り返る。

 社内は異様な雰囲気が漂っていた。社員たちは、経営改革に賛成する「改革派」と、改革に反対する「守旧派」に分断され、両者の間で反感と不信感が渦巻いていた。

 山田氏は改革派側の社員であり、守旧派の社員たちにとっては“信用すべきではない”人物と映っていた。「一体、何を企んでいるんだ」と疑った守旧派の1人が、山田氏の手帳をこっそり盗み見ていたのだ。

自動車学校の役割を抜本的に大転換

 JR博多駅から南に向かう鹿児島本線に乗って、20分ほど揺られると水城駅に到着する。改札口を出ると、駅前に立ち並ぶ建物の向こうに「南福岡自動車学校」(福岡県大野城市、通称「ミナミ」)の練習コースが見える。ミナミは約60年の歴史を持つ老舗の自動車教習所だ。入校者は四輪車、オートバイを合わせて毎年約4000人に達する。

 自動車教習所業界で、ミナミは「奇跡的なV字回復」を遂げた教習所として知られている。18歳人口の減少、若者の車離れなど、現在、自動車教習所は厳しい逆風にさらされている。多くの教習所が入校者数の減少、売上の低下にあえぎ、典型的な斜陽産業とも言われる。ミナミも例外ではなかった。平成元年頃をピークに売上は低下の一途をたどっていた。

 そうした中で、ミナミは大がかりな経営改革を断行する。改革を推し進めたのは3代目社長の江上喜朗(えがみ・よしろう)氏である。

 江上氏は大学を出てリクルートグループに就職、ネットベンチャーの取締役を経て、2011年に30歳の若さでミナミの社長に就任した。

 先代の社長は、先細りの業界を生き抜いていくための方策を見つけあぐねていた。「私は若い子たちの感性とあまりにもかけ離れてしまった」と言って、経営を息子の喜朗氏に託したのだった。