しかしながら、北朝鮮がアメリカ本土を射程に収めた核弾頭搭載ICBMをほぼ確実に手にしてしまった現在、そうした想定は通用しない。「軍事力を行使してでも北朝鮮の核ミサイル開発能力、ならびに金正恩政権を葬り去らないと、これまでのシミュレーションの比ではない計り知れない犠牲を被りかねない。何といっても、その犠牲はアメリカ本土で生活する一般のアメリカ国民にも及ぶのだ」といった論理が浮上し、まかり通ることは十二分に推察できる。

安倍政権は覚悟を決めるとき

 かつて太平洋戦争の終盤において、米海軍首脳などは、無数の非戦闘員まで殺戮してしまう原爆の使用に異議を唱えていた。それにもかかわらず、「原爆攻撃により、数十万の米軍側の損害を避けることができる」という正当化理由を振りかざして、二度にわたり原爆攻撃を実施したアメリカである。

「今この時点で北朝鮮の核ミサイル開発施設を壊滅させ、金正恩一派を葬り去らないと、100万人以上のアメリカ市民が犠牲になりかねない」といった正当化理由によってマクマスター補佐官が明言した「予防戦争」が発動される日は、国連安保理決議2371号が発動されたために近づいたのかもしれない。

 もちろん、トランプ政権が北朝鮮に対する先制攻撃の最終決断をするに当たって、多数の人的物的犠牲を覚悟しなければならない日本に対して、そして軍事同盟国である日本に対して、先制攻撃の容認、そして協働要請を打診してくるのは当然である。

 安倍政権は、日本国民の大きな犠牲を覚悟の上でアメリカによる「予防戦争」に賛同するのか、それとも日本国民の生命財産を保護するために「予防戦争」に断固反対して他の手段を提案するのか、腹を決めておかねばならない時期に突入したのだ。