心配は無用、食糧危機はやって来ない

日本農業、再構築への道 <2>

2010.10.27(Wed) 川島 博之
筆者プロフィール&コラム概要

 農林水産省が「食料自給率を向上させるべき」とする根拠は、21世紀に世界が食糧危機に見舞われることを前提としている。海外に食料を依存していると、いざという時に輸入ができなくなるということだ。

 世界が21世紀に食糧危機に陥るとする説は、「世界人口の急増」「農地の拡大の限界」「水資源の制約」「化学肥料を用いた農業の持続可能性への疑問」「緑の革命の終焉」「開発途上国における飼料需要の急増」などを理由に、識者により繰り返し説かれている。

 マスコミが危機説を好むためか、この種の話は新聞や雑誌に掲載されることが多い。食料価格が高騰した折などは、テレビの報道番組でも取り上げられている。そのために、多くの国民は食糧危機が本当に起こると信じるようになってしまった。

 だが、世界食糧危機説は、本当に信じるに足る説なのであろうか。

飛躍的に増えた収穫量、立役者は化学肥料

 紙面が限られていることから、原因とされる個々の事象について直接反論することはしないが、食糧危機が来ない理由をあえて簡潔に述べれば、それは科学技術が急速に発達したことにある。

 食糧生産は自然条件に大きく左右されるが、現在、その制約を人類は克服しつつある。識者と呼ばれる人々をも含めて、日本人はこの事実をよく認識していない。

 わが国では終戦以来食糧難が続いていたが、1955(昭和30)年に好天候に恵まれたことから大豊作になり、この年に食糧難を脱した。食糧問題を語る時、多くの人々はその頃の農業技術を想定しているようだ。

 55年と言えば、携帯電話はもとより固定電話のある家も少なかった。電気冷蔵庫やテレビも普及していなかった。そんな時代の農業技術を思い浮かべながら、世界の食糧問題を論じているのである。

 それから50年余りの年月が経過したが、この間の科学技術の進歩には目を見張るものがある。50年前に夢とされたことの多くが実現している。

 実は食糧生産技術も、その目を見張るような進歩を遂げたものの1つである。最も大きな進歩と言えるのは、単位面積当たりの収穫量(単収)が増加したことであろう。

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東京大学大学院農学生命科学研究科准教授。1953年生まれ。77年東京水産大学卒業、83年東京大学大学院工学系研究科博士課程単位取得のうえ退学(工学博士)。東京大学生産技術研究所助手、農林水産省農業環境技術研究所主任研究官、ロンドン大学客員研究員などを経て、現職。主な著書に『農民国家 中国の限界』『「食糧危機」をあおってはいけない』『「食糧自給率」の罠』など


農業の進む道

就業者の高齢化と減少、国際競争力の欠如など、様々な問題を抱える日本の農業。農業改革が遅々として進まないのはなぜか。農業を覆う問題の構造を明らかにし、あらゆる方面から日本の農業を活性化する方策を探る。