最近、新興国、特に中国・韓国に追い上げられ追い越されている部門が増えてきたとはいえ、日本の機械工業の力はまだまだ強い。

 日本の機械工業がこのように卓越した力を持続し続けている大きな原因の1つが、強力、多様、多才な中小企業群にあることは周知の通りだ。

 日本では、中小企業に「欺かれる」心配をする必要がほとんどない。これは世界的には大変珍らしい。

 中国でも欧米でも、ビジネスは戦いだ。欺き、欺かれるのが当然だ。その点、日本では中小企業が発注主に欺かれることは時々あるが、中小企業が大企業を欺くことはほとんどない。だから、口約束でも仕事は進んでゆく。

 阿吽の呼吸で仕事が進んでゆくから、他国に比べて仕事は速い。現実の取引が口約束ベースで円滑かつ柔軟に履行されることによって、様々なコストが削減されている。日本独特の商習慣であるとも言えよう。

「さあ納品」という時に「発注した覚えがない」!?

 しかし、そのような日本的商習慣を悪用する大企業がまれにいる。

 私の友達の会社は、優秀な中小企業メーカー(以下「K社」)なのだが、数年前、ある商社を通じてゲーム機の引き合いが来た(関係者に迷惑がかかる場合があるので、業種・仕事の内容などを少し変えてある)。

 とりあえず120台。うまくいけば、後々数万台の発注があるはずだという。納入先は米国ラスベガス。こんないい話は滅多にない。

 試作してほしいというので試作した。性能的にも、価格的にも満足するものができて、発注側も大満足。そこである日、元請けになっているA社(年商数千億円)と、有名商社のB社(年商数兆円)の重役が揃って来訪。「ひとつよろしく頼みますよ」というわけだ。

 新しい有望分野だから、K社は喜んで作り始めた。ところが、製品がほとんど全部出来上がって「さあ納品」という時に、A社とB社がそろって「そもそも発注した覚えがない」と言い始めた。どうも、最終納入先企業の経営がおかしくなったらしい。

 だからといって、しらばっくれるやり方はないだろう。ただし、ちょっとK社が弱いのは、契約書がないのだ。台数や、価格、性能について打ち合わせたメモや手紙、ファクスの類はたくさんあるのだが、「正式な契約書」があるかと言えば、ないのだ。