2016年は米国の大統領選挙の年であり、年初からワシントンDCに所在する多くの安全保障関係のシンクタンクが、台頭する中国にいかに対処すべきかに関する論文を矢継ぎ早に発表している。
例えば、CSIS*1の“Asia-Pacific Rebalance 2025”、CSISとSPF USA*2共同の“The U.S.- Japan Alliance to 2030:”、ランド研究所の“The Power to Coerce”、元太平洋軍司令官デニス・C・ブレア大将のAssertive Engagement:AN UPDATED U.S.-JAPAN STRAREGY FOR CHINA(主張する関与:最新の米国及び日本の対中国戦略)などである。
これら著名なシンクタンクの中から何人かは新大統領のスタッフとして新政権に参加することになるであろう。米国のシンクタンクにとって選挙の年は大いに活躍すべき年であり、各研究者にとっても個人としての将来がかかった重要な時期である。
1 停滞期に入る中国
各シンクタンクの報告書を読みながら思うことは、中長期的な世界の動向特に中国の将来を予測することがいかに難しいかということである。2014年頃まで、中国の目覚ましい国力の上昇と米国の相対的な国力の低下が常識とされ、2030年頃には中国の国力が米国の国力を追い越すとまで予想されていた*3。
しかし、2015年6月に始まった上海株式市場の暴落をはじめとして、最近明らかになってきた中国の経済的な不振は深刻なものであり、著名な投資家ジョージ・ソロス氏は、2016年1月のダボス会議において、「中国経済のハードランディングは不可避だ。予測を口にしているのではない。今それを目撃しているのだ」と発言して中国政府の激しい反論を受けた。
中国政府の反論にもかかわらず、中国は今ハードランディング中であるという意見や中国崩壊論を唱える専門家が特に日本では増えてきた。
中国崩壊とまではいかなくても、「中国経済は2014年から一貫して悪化していて、その状況は日本のバブル崩壊に似ていて、2016年の中国経済は間違いなく深刻な試練の年となろう。中国は長期停滞の10年、長い冬の時代に入っている」と主張する有名な専門家*4もいる。
私は中国崩壊論には与しないが、中国は日本の「失われた20年」のような停滞期に入っていると思う。同じ主張を南カリフォルニア大学のダニエル・リンチ准教授がしている。
彼は、フォーリン・アフェアーズ(FA)に掲載された「中国台頭の終焉」*5という論考で次のように主張している。
「中国の株式市場の不調、会社の赤字増大、外貨準備高の流出は中国の経済的な不振を示す。中国共産党は、経済不振の深刻さを認識しているが、経済不振は中国崩壊まではいかない。中国崩壊をソ連崩壊と同列に考えることは適切ではない」
「日本の1990年からの失われた20年のようなものである。日本は、株バブルと不動産バブルの崩壊によりデフレ・スパイラルに陥ったが、日本が崩壊したとは表現できないように、中国の崩壊とは表現できない」
私は、ダニエル・リンチ准教授の意見に賛成である。
一方、中国の李克強首相は、中国経済のハードランディングを否定し、政府発表の経済成長率6.5%以上の達成に自信を表明しているが、世界の専門家の評価との乖離は大きい。
そもそも中国の経済に関する予測が難しいのは中国の各種データが信頼できないことに大きな原因がある。李克強首相自身、遼寧省の党委員会書記の時代に自国のデータが信用できないから、李克強指数を信頼していたと言われている。
中国政府が発表するデータを信用しない専門家は、独自のデータで分析し、その分析結果は中国経済の未来に関して悲観的であるケースが多い。
いずれにしろ、対中国戦略を構築するためには、中国の将来像を予想しなければいけない。本稿においては、米大統領選挙の年の12月に国家情報会議(NIC)が発表する「GLOBAL TRENDS」およびデニス・ブレア元大将(かつて国家情報長官であった)の中国分析を参考にして議論を進めることにする。
*1=戦略問題研究所(CSIS:Center for Strategic and International Studies)
*2=笹川平和財団USA(SPF USA:Sasakawa Peace Foundation USA)
*3=米国国家情報会議(NIC: National Intelligence Council)、“GLOBAL TRENDS 2030”
*4=田中直毅、「中国大停滞」、日本経済新聞出版社
*5=Daniel Lynch、“The End of China’s Rise”、 Foreign Affairs、January 11 2016