インドにはタタ・グループという財閥系企業群が存在する。そのエンジニアリング部門に位置する自動車メーカーが、タタ・モーターズだ。
2008年1月10日から開かれた「第9回 インディア・オートエキスポ」において、タタ・モーターズは販売価格10万ルピー(現在の為替レートで約20万円)という超低価格車をお披露目した。5年前から「People's Car」構想を表明していたが、それが現実のものとなって世界中に報告されたのである。
誰もが驚いたのはその価格である。排気量623cc、4~5人乗り、4ドアのスタンダードタイプがワンラック・ルピー(=10万ルピー、開発当時は日本円で約25万円)で販売されるという。この価格は、インドで最も廉価とされていた「マルチ800」の約半額である。名前が発表されるまでは、その販売価格から通称「ワンラックカー」と言われ、インド国民だけでなく世界中から注目されていた。
構想を打ち出した5年前は、原油価格が1バレル当たり約20ドルだったが、2008年初頭には100ドルを超えていた。また原材料その他の物価も大幅に上昇したにもかかわらず、5年前に提示した価格を維持したのである。
その車は、車体が小さく価格も安いが、ハイテクがたくさん詰まっているという意味を込めて、「Nano(ナノ)」と名付けられた。ボディーは日本の軽自動車より少し小さめだが、排ガス規制基準「EuroIV」をクリアし、各国の安全基準に適合できるという。
発表会場に来ていたインド人は「購入の予約をしたい」「すぐにでも欲しい」という人ばかりであった(オートエキスポへ来るインド人は中流以上であり、お金にも余裕がある人たちである)。
他の自動車メーカーが「とうてい無理だろう」と思っていたことを、タタ・モーターズはやり遂げた。一体、なぜできたのであろうか。ものづくりの観点から考えてみたい。
ナノ開発を支えた強い意志
タタ自動車の会長、ラタン・タタは「People's Car」構想時に、「自動車ビジネスを変えたい」と言っていた。すなわち、「何としても4人乗りの4輪車を10万ルピーの価格で作り、多くの人に提供したい」「車を作ることで雇用を促進したい」、また「若い企業家を育成したい」という強い意志を持っているのだ。
ナノの開発はこの “志” に基づいて、今までの車作りを見直し、企画・設計から調達、工場生産現場・販売・サービスまでを巻きこんで社会のニーズを実現しようという取り組みである。
インドは、独自性と独創性を求める国民性と相まって、車作りには相性の良い環境だと言える。アジアでは日本に次いで自動車製造の歴史が長く、裾野産業が育っている。実際、ナノの開発に最も貢献したのは、タタの “志” を理解し、積極的に低コスト部品の開発を支援したインドの部品産業であろう。
サプライヤーを決定する際に、日本的な「系列」という考えはない。サプライヤー同士を競争させることで技術力向上とコスト低減を図る。さらにEVI(Early Vender Involvement:サプライヤーの早期開発参加)によってもコストを低減する。サプライヤーとの共同作業は、インドの量産化技術と品質のレベルアップ、自動車産業およびモータリゼーションを進展させる役割を果たすことにもなる。