マスコミ各社の報道によると、日銀は追加金融緩和の検討に入っている。円高・株安が日本経済の緩やかな景気回復のシナリオを崩しかねないとして、下振れリスク重視の姿勢へと、事実上切り替えを図っているようである。米ワイオミング州ジャクソンホールでの米欧中央銀行トップとの情報交換を終えて白川方明日銀総裁が帰国する予定の8月30日以降、為替相場の動向次第ではあるものの、市場で緊張感が高まる場面が出てくることだろう。

 ここでは、市場の内外で浮上している様々な追加緩和手段について、それぞれが実行された場合に予想されるメリットとデメリットを、筆者なりに整理してみた。

図表1: 日銀による追加金融緩和の具体的手法として、市場の内外で浮上している選択肢
追加緩和の手法 メリット デメリット
新型オペ拡充 (1)3カ月物のまま金額を上積み
(現在の20兆円に10兆円上積み)
・「広い意味での量的緩和」を海外投資家にアピールしやすい。 ・長めの資金供給オペのシェアがさらに上昇するため、きめ細かなオペによる調整が一層困難になる。
(2)6カ月物の導入
(3カ月物20兆円の一部を振り替え)
・短中期ゾーンの金利を低位安定化させる効果が若干強まる。 ・海外投資家に対するアピール度がオペを上積みする場合よりも弱い。
・先行きの金融政策運営(政策金利変更)の自由度が事実上低下する。
時間軸を導入 (1)定性的な表現による「時間軸」 ・長短金利の低下がある程度期待できる。
・米FOMCも声明文で現在採用している、わかりやすい政策手法。
・2000年8月に解除されたゼロ金利政策で採用されていた手法。解釈の余地が大きい表現を用いると、市場が将来不安定化する恐れあり。
(2)カレンダー型の「時間軸」 ・カナダやニュージーランドなどが金融危機後に採用していた手法。超低金利の継続期間が明示され、期間内の金利低下効果が強い。 ・期間内の金融政策運営の裁量(利上げの選択肢)が、ほぼ消滅する。このため、仮に急激な経済環境の変化が生じた場合、対応が難しい。
(3)特定の指標とリンクした「時間軸」 ・指標の選択と条件設定次第では、定性的な表現による「時間軸」よりも強い金利低下効果を期待できる。 ・2006年3月に解除された量的緩和政策で採用されていた手法(CPIコミットメントと呼ばれた)。統計の基準年改定や不測の外的ショックをどう取り扱うかなど技術的な問題がある。
政策金利引き下げ (1)翌日物金利の0.05%引き下げ
(補完当座預金金利も同幅引き下げ)
・短期ゾーンで0.05%程度の金利低下効果を期待できる。中長期ゾーンにも金利低下が波及。 ・ここまで小刻みな政策金利の変更では、日銀の体面が立ちにくい。
・短期金融市場の機能が低下する。
(2)補完当座預金金利のみ0.05%引き下げ(翌日物金利の下振れを容認) ・短期ゾーンで若干の金利低下効果を期待できる。中長期ゾーンにも金利低下が波及。 (同上)
(3)翌日物金利誘導水準のレンジ化(たとえば「0~0.1%前後」)、あるいは金融市場調節方針上での下振れ容認 ・短期ゾーンで若干の金利低下効果を期待できる。中長期ゾーンにも金利低下が波及。 ・短期金融市場の機能がある程度低下する。
(4)ゼロ金利政策 ・思い切った緩和措置であることを海外投資家にアピールしやすい。
・短期ゾーンで0.1%程度の金利低下効果を期待できる。中長期ゾーンにも金利低下が波及する。
・短期金融市場の機能が麻痺してしまい、緩和効果がかえって減退する(白川日銀総裁の持論を欧米諸国が採用したわけだが、当の日銀が持論を撤回するのは不都合な話である)。
国債買い入れ (1)買い入れ額を単純に上積み ・思い切った緩和措置であり、資金供給の「量」を意識していることを、海外投資家にアピールしやすい。 ・「銀行券ルール」に先行き抵触する恐れが増大する(仮に、残存1年未満になった国債を除外する扱いに変更するなど「銀行券ルール」自体を修正するようなら、日銀の説明責任や信認の観点で問題がある)。
・政府の財政規律が弛緩する可能性が、これまで以上に意識される。
・債券相場の過熱感を煽ってしまい、その後の反動も大きくなる恐れがある。
(2)ゾーン別の買い入れ額配分比率を変更し、1年未満など短めのゾーンの比率を高めた上で、買い入れ額を上積み(買い入れた国債償還が早めに到来する分、日銀券残高とのすき間が維持されやすい) ・資金供給の「量」を意識していることを、海外投資家に一応アピールできる。
・「銀行券ルール」に先行き抵触する恐れが小さい。
・債券相場の過熱感とその後の反動につながる恐れが小さい。
・政府の財政規律が弛緩する可能性が、ある程度意識される。
量的緩和 (1)日銀当座預金残高を目標にする ・思い切った緩和措置であることを、海外投資家に強くアピールすることができる。
・長短金利を押し下げる効果がある。「時間軸」を併用すれば、金利低下効果が強まる。
・実体経済への効果はほとんど期待できない。
・短期金融市場の機能が麻痺してしまい、緩和効果がかえって減退する(白川日銀総裁の持論を欧米諸国が採用したわけだが、当の日銀が持論を撤回するのは不都合な話)。
・円売り介入とのタイアップで「非不胎化」を演出してはどうかという意見もあるが、介入実施には高いハードルがあるという見方が一般的。

出所:みずほ証券金融市場調査部