本年9月28日、東京で開催された第10回東京-北京フォーラムに、安全保障分科会のパネリストとして出席する機会を得た。昨年10月に北京で行われた同フォーラムでは、日中間の関係があらゆる分野で完全に冷え込んでいる状況で、安全保障分科会の雰囲気は暗かったが、本年は昨年に比べて明るい雰囲気で始まった。
日中海上連絡メカニズムの協議再開に合意
フォーラム直前の9月24日、日中両政府が中国山東省青島市で高級事務レベル海洋協議を開き、偶発的な衝突を回避するための「海上連絡メカニズム」の構築に向けた防衛当局間の協議を再開することで原則一致したというニュースのせいである。
同協議は、2010年に始まり2012年には合意に達して調印寸前だったが、9月の尖閣諸島の所有権移転を機に中国の態度が急変し凍結状態に陥っていたものである。
また、本年4月には、同じ青島市で開かれた西太平洋海軍シンポジウム(WPNS)において海上における不意遭遇の際のルール(CUES)について参加20数か国が合意したところでもあり、凍結されていた同協議の再開に期待が増していたところでもあった。
分科会の前半、海洋における危機管理メカニズムについて、冒頭に日本側から協議再開を歓迎する旨の発言があり、その後日本側の出席者が、「海洋の安全とともにその上空における偶発的事故を心配する」とコメントしたのに対して、中国側から、昨年11月に中国が設定した東シナ海防空識別圏を日米両国が国際法違反だと強く非難するのは不当である、当該防空識別圏は諸外国が設定しているものと同じものであり国際法上問題はない、むしろ自衛隊機、米軍機が危険を招いているという趣旨の発言があった。
筆者は、「おや?」と違和感を覚えた。中国側パネリストには陸軍少将が2人出席していたが、研究部門の所属で空軍種の専門知識には薄いと考えていたので、先方から航空の問題を積極的に取り上げてくるとは思わなかったからである。
筆者は協議再開のニュースを聞いて、調印寸前の状態から容易に調印に至るだろうと考えていたが、それは誤りだと気がついた。中国は協議が凍結状態にある間の変化を協議に持ち込むつもりなのである。その変化とは「東シナ海防空識別圏」である。
この点に触れる前に、昨年11月23日の東シナ海防空識別圏設定の発表以降に、当該空域で何が起こっているかについて概説しよう。