文革の中でも最も悲惨な類型は少数民族に対する迫害だった。今回はこうした大変動を通じて中国の伝統文化がいかに変化したかを検証する。(前回の記事はこちら

5、第三の文革

証言:「二つの文革」、一つの文革は、支配者の文革、すなわち、大衆運動を利用し、政敵をたたきつぶして、権力を奪取すること。もう一つの文革は、被支配者の文革、すなわち、合法的な条件を利用し、封建的な特権と政治的圧迫に反抗すること。――これは互いに利用し合うと同時に、衝突し合う二つの文革である。ところが、時空をともにしたことが二者を一体化させ、この融合体を訳の分からぬ政治の怪物にしてしまった。*1青色部分は筆者が附した、以下同じ)

 文革関連の公式文書では少数民族に対する迫害のことはわずかしか触れていない。冒頭引用した人民最高法院特別法廷の判決書では、ごく簡単に「林彪・江青反革命集団は民族の団結を著しく破壊し、各少数民族の多くの幹部と大衆にむごたらしい迫害を加え・・・た」とのみ触れている。

 書きぶりとしては起訴状の方がやや詳しく、「内蒙古人民党」や「新疆裏切り者集団」のでっち上げ冤罪事件により多数の死亡者が出たとして具体的死者数に言及してはいるが、やはり事件の詳細には触れていない。

証言:1953年には朝鮮歴史と朝鮮地理の科目は廃止された。56年からの「民族整風運動」、58年からの「大躍進」と「教育革命」の中では「民族融合論」が唱えられ、朝鮮族学校は漢族学校と民族連合学校を形成するようになった。

 特に1966年に文化大革命の嵐が巻き起こると、激しい武力弾圧が敢行され、多数の幹部や大衆が命を奪われたり不具者にされた。また「朝鮮語無用論」が叫ばれ、朝鮮語教育の廃止、朝鮮族生徒の漢族学校への転入、朝鮮高級中学の閉鎖などが強行された。

 延辺大学などでは中国朝鮮族史などの科目が廃止され、多数の朝鮮族教員が反革命分子として追放された。行き過ぎを是正する動きが始まったのは1972年以後のことであり、78年に文革が幕を降ろした後、ようやく延辺大学などで名誉回復が行われた。*2

証言:「そろそろあの当時のことを話して頂けませんかね。延辺朝鮮族自治区が、文化大革命では、かなり活発に行われたことも聞いています。あの事件を風化させないためにも、是非」

 手を替え品を替え、その男に問いただしたが、男は、「あの時は、若かったゆえに、間違いもあった。それで十分だろう」。男はその言葉を繰り返すだけであった。

 ・・・延辺は、当時、中国と北朝鮮の関係悪化の中、豆満川を挟み、同じ朝鮮民族でありながら、罵倒し合う事態になり、多くの朝鮮族が苦境に立たされた。そのことを説明すると、「さあ、そんなこともあったかもしれんな」と呟くだけであった。

 辛抱強く待って答えを期待した。そして一言ずつ、ゆっくりと話した。そのかいあってか、男は、「そう言えば、延吉に都会から紅衛兵が下放された者がいたな・・・」。*3

 文革が、マルクス・レーニン主義に基づき、プロレタリア階級の権威を確立する運動であったとすれば、その運動はプロレタリア階級の国際的連帯を目指すべきものであったはずである。

 しかし、実態は全く逆であった。毛沢東思想の名において、少数民族の自治が脅かされ、漢語が強要され、民族教育が廃止された。

 文革中、少数民族にどれほどの被害が出たか、その結果少数民族運動にいかなる影響を及ぼしたか、などなど知的興味は尽きないが、そのほとんどは現在も封印されたままである。

 公式文書ではわずかに、内蒙古、新疆での迫害に言及されているが、朝鮮、チベットその他の少数民族地域で実際に何が起きたのかはよく分からない。単なる漢民族による少数民族の迫害なのであれば、もう少し情報が出てくるかもしれないが、そうでないところを見ると、実際には少数民族内部でも凄惨な権力闘争があったに違いない。

 冒頭で、「文革には二つの側面がある」との見方を紹介したが、文革には第三の側面があることを忘れてはならない。

 「被支配者の文革」については、さらに「漢族の文革」と「少数民族の文革」を厳密に区別すべきであり、後者の文革が、実際には漢民族中心主義のあからさまな強制であったことを見逃すべきではない。私が、文革は「醜い中華」の噴出だと考えるもう一つの理由がここにある。

6、文革と中国伝統社会

 北京で入手できた数少ない中文の文献を読むと、諸悪の根源は文革時代の「動乱」であって、改革開放時代からはすべてが良くなったかのように書かれている。

 確かに状況が良くなったことは事実だろう。一時的にせよ、すべてが破壊されたのだから。しかし、現代中国の社会問題、民族問題の失敗をすべて文革のせいにしていいのだろうか。

*1=鄭義(作家)藤井省三 監訳『中国の地の底で』、朝日新聞出版社、1993年
*2=中国の朝鮮族
*3激動の中国文化大革命