安倍晋三首相が1月24日、国会で施政方針演説をした。第186回国会が召集されるのを機に、安倍首相がどのような「国づくり」をしていくのかという抱負を語るための演説だった。
だが、この演説で首相が使った米国のジョン・F・ケネディ大統領の就任演説からの引用はやや奇異であり、国づくりの中で「国」の比重を減らしたかのように響いた。首相が唱えていた日本の「戦後レジームからの脱却」をいくらかスローダウンさせているような印象をも与えた。どうも「安倍らしさ」に欠けるようなのである。安倍演説とケネディ演説の溝とも言えようか。
安倍首相の演説は日本国内の経済や社会の目前の課題をまず最優先させていた。「東北の災害復旧と創造」「日本経済の3本の矢」「女性の活躍」「外国人観光客の受け入れ拡大」「2020年の東京オリンピック」というようなテーマである。いずれも重要だが自明とも言える課題だろう。
その一方、安倍氏が本来の最大目標とする日本の国の根幹を立て直す取り組みが出てこないのだ。なんといっても憲法への言及がないのが気になった。主権国家として当然の権利を戦後の日本が自ら奪っている「戦後レジーム」からの脱却の提起もなかった。普通の独立国家へと歩む明確な道のりも聞かれなかった。経済主体の枝葉に終始するという感じなのだ。
この国会での課題はあくまで経済や社会など、目に見える切迫したテーマが主体だからだろうか。あるいは靖国参拝を内外で叩かれたため、国家とか戦後というトピックはひとまず避けたのだろうか。
ケネディ大統領はまず米国民に呼びかけた
そんな演説のなかで、国家の根幹に触れたとも言える、数少ない部分は「積極的平和主義」についての領域だった。首相はこの部分で「集団的自衛権」「国家安全保障戦略」を強調し、日米同盟の強化を訴えていた。その基盤として「自由、民主主義、人権、法の支配」という基本的な価値観の共有も挙げていた。このあたりはいかにも安倍氏らしい主張だなとも感じさせた。