北朝鮮での張成沢氏の残酷な粛清は日本人拉致事件にどんな影響を与えるのか――。

 日本側では「まず影響はない」、あるいは「事件の解決はいままでよりも難しくなる」という見方が多いようである。だが今回の粛清が拉致解決の可能性を有利にする要素があることも指摘できるのだ。

 張成沢処刑は全世界を揺るがせた。その事件自体は世界でも孤立した独裁政権の内部の争いであり、本来なら放置しておいてもよいミニ異変だろう。だが現段階において、北朝鮮は核兵器を開発しつつある。弾道ミサイルをも増強している。実際の軍事攻撃をかけることをもいとわない。だからその過激な動きは、国際的に大きな意味を持つことが不可避となる。

 しかも日本にとっては北朝鮮工作員による日本国民拉致という未解決の人道問題が存在する。だから日本としては北朝鮮の政権のあり方には特に重大な関心を抱かざるを得ない。

張成沢の処刑は拉致事件の解決に役立つ

 東京ではちょうどこの時期、12月14日に日本政府主催の拉致問題についての大規模なシンポジウムが開かれた。「拉致問題をいかに解決するか~専門家100人大討論会~」と題された集まりだった。「北朝鮮人権侵害問題啓発週間」における政府主催シンポジウムというわけである。

 私もこの集まりに招かれ、基調報告者の1人となった。私の役割は「北朝鮮をめぐる関係国の動向」についての報告で、米国や中国の対応を語った。

 この会合には300人ほどが集まり、北朝鮮や韓国の専門家も多かった。そのため4人の基調報告者のプレゼンテーションの後の自由討論は熱気を帯びたものとなった。その討論の主要論点の1つは、張粛清が日本人拉致の解決にどんな影響を与えるか、だった。出席者の大方の見解は「影響はない」、あるいは「負の影響が出る」という趣旨のものだった。つまり、日本によい影響はもたらさないという見方である。その前日の13日の国会議員を含めての拉致問題についての集会でも、同様の意見が多かったという。

 だが私は14日のシンポジウムでは「今回の処刑が日本人拉致事件の解決に役立つ要素もある」ことをあえて指摘した。このレポートではまず私のそんな見解の根拠や背景を伝えたい。