「原発から放射性物質が大量に放出され、周辺住民が大量に(低線量・長期)被曝する」という事故は人類史上3回しか起きていない。1979年のスリーマイル島(Three Mile Island=TMI)原発事故、1986年のチェルノブイリ(CH)原発事故、そして2011年の福島第一原発事故である。TMI事故は34年、CH事故は27年が経過している。健康被害の全体像や損害賠償、政府・電力会社の対応など、これからフクシマで長期間にわたって社会問題化するであろう事象の全体像や結末が、ほぼ明らかになっている。フクシマでこれから数十年の長きにわたって起きる事態を考えるのに、習うべき先例はそこにある。特に、チェルノブイリではなくTMI原発事故こそ、日本が注目すべき先例に富んでいる。筆者はそう考えた。

 なぜチェルノブイリではなくTMIなのか。チェルノブイリ原発事故は旧ソ連という社会主義国で発生した。民事訴訟制度、健康被害調査、政府と電力会社の関係など、制度や体制が日本と違いすぎて比較が難しい。また1992年のソ連崩壊後、被害区域が3カ国(ロシア、ウクライナ、ベラルーシ)に分裂したために被害の全容を把握するのが難しい。

 アメリカで起きたスリーマイル島原発事故は、同じ資本主義国で起きた事故であり、政府と電力会社の関係のほか、行政、裁判、報道、大学などの制度が似ていて比較がしやすい。また、旧ソ連にくらべて情報公開がはるかに進んでいるので、当時の当事者や原資料に取材することが容易である。

 そこで、筆者は2012年から複数回アメリカ東海岸ペンシルベニア州のスリーマイル島原発周辺に足を運び、取材を重ねている(本コラムでも2012年12月から5回にわたって「スリーマイルからフクシマへの伝言」として報告した)。スリーマイル島原発事故は発生から34年が経ち、複数の長期的な疫学調査が実施された。民事訴訟もすべて終結した。スリーマイル島原発事故と福島第一原発事故を比較する。福島第一原発事故が残した被害の未来図を描く。そんな作業のためである。主な項目は次のとおりである。

・行政=電力会社の情報公開、避難計画など
・報道
・疫学調査=健康被害
・民事訴訟
・市民の原発への態度・運動など

 TMI事故は1979年3月28日午前4時ごろ発生した。地震や津波など天災が原因ではない。操作員の操作ミスが重なり、2つある原子炉のうち1つが空焚き状態になった。当初は事故は軽度と考えられたが、数年後に原子炉を開けてみると炉心の半分近くがメルトダウンしていたことが分かった。