参院選に勝利して独自の政策を展開できる基盤の整った安倍晋三首相。しかし、アベノミクスの第3の矢である規制改革、行政改革を旨とする成長戦略は踏み込み不足との批判が少なくない。安倍総理の本領たる政治・外交でも、首相就任以前は主張していた「河野談話」「村山談話」の見直しはやらないし、8月15日の靖国参拝も実施しなかった。安倍総理の摩擦を恐れぬ「実行力」に期待していた保守派を落胆させている。

日下 公人(くさか・きみんど)氏 評論家。1930年兵庫県生まれ。東京大学経済学部卒、日本長期信用銀行取締役、ソフト化経済センター理事長、東京財団会長などを歴任。現在は日本財団特別顧問。経済、経営から政治、外交、歴史、文化などについて独自の視点から幅広く発言、著書は百冊以上と多数

 これに対し、評論家の日下公人氏は「優位戦思考で政治外交を展開できる、稀有なリーダー」と評価する。

 日下氏は昨秋、政治評論家の三宅久之氏(故人)が代表発起人となって発足した「安倍晋三総理大臣を求める民間人有志の会」のメンバーの1人。同会発足時の日下氏のコメントにこうある。

 <(第1次安倍内閣の)安倍首相は「強い首相」だった。何事も先送りせず、やるべきことをやるべきときにやった。だが、当時の国民は傍観した。言論界も政界も学界も“今がそのとき”という武士の気持ちをまったく失っていた。その結果、日本はご覧のとおりの惨状である。

 安倍晋三氏に再登板をお願いするに当り、国民は反省して、まず自分が「強い国民」になることを誓わねばならぬ>

 「私はそうする。今がそのとき」と言う日下氏に「安倍首相の優位戦思考とアベノポリティクス」について語ってもらった。

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井本 日下さんは「安倍首相は先送りしない、やるべきことをやった」と評価していますが、年金改革や行政改革では先延ばしが少なくないと批判も強いです。消費税を5%から8%に上げることでも秋に決めると慎重です。

マスコミは第1次安倍内閣の業績を正当に評価していない

日下 事前の約束を実行していない総理大臣は今までもいっぱいいた。でも、安倍さんは実行したことが多い。「1内閣1仕事」と言われているのに、第1次安倍内閣の時は、教育基本法の改正、防衛庁設置法改正、国民投票法など国家の土台や安全保障に関する重要法案を10以上も成立させました。

 だが、新聞、マスコミはそれをほとんど書かず、業績を正当に評価していない。先送りしたこと、見送ったことなどに焦点を当てて安倍さんの悪口ばかり書き、やったことの実績については知らんぷりです。

井本 でも、政治外交関係でも、野党時代に唱えていた河野談話の見直しなどを実行していないと保守派の間で不満が出ています。憲法改正、集団的自衛権の行使も、このところ慎重な発言が目立ちます。

日下 僕の知人で安倍さんに親しい人の話だが、彼が最近安倍さんに会ったとき、その点を突いたところ「何しろ、政治だからな」と言ったそうです。

 憲法問題などは党内の反対派や公明党、対中国、対韓国の事情などいろいろある。中でも一番の壁はバラク・オバマ大統領ではないか。実際のところは分からないけれど、オバマ政権は何らかの理由で安倍首相の率直な発言や行動を抑えようと規制しているのではないですか。

 「政治だからな」の言葉の裏には事情が変われば政策が変わるのは当たり前という、政治の事情変更の原則があります。

 安倍さんの前の小泉純一郎・元首相は靖国参拝をした。当時、靖国参拝について国民の意見は50対50と賛否が二分されていました。支持率が同じならどっちに転んでもよいと考えたのだろうね。この判断は当たり、参拝は成功した。