「ルパン三世」の銭形警部役などアニメの吹き替えでも知られる俳優納谷悟朗が死去した。テレビの洋画劇場に慣れ親しんだ身にとっては、クラーク・ゲーブル、ジョン・ウェインなどの、そして何よりもチャールトン・ヘストンの声そのものだった。
あの顔にはあの声、という方も少なくないはずだ。今回は、その声に思いを馳せながら、歴史的背景に沿ってヘストンの映画を追っていきたいと思う。
パレスチナ問題の理解に役立つ旧約聖書
欧米文化の基本中の基本である聖書だが、日本人にはどうにも馴染みが薄い。しかし、旧約聖書の出エジプト記を壮大なるスケールで映像化した『十戒』(1956)のヘストンのモーゼならとっつきやすい。
旧約聖書はユダヤ人にとって史実でもあるから、今にまで続くパレスチナ問題を理解するのにも役立つ。
イエスの生涯を描く『偉大な生涯の物語』(1965)は新約聖書の映像化とも言える作品。ここではヨハネを演じているが、そのサイドストーリーとも言える『ベン・ハー』(1959)でのユダヤ貴族の方がさらに印象深く、舞台となったローマ世界もキリスト教の立ち位置もよく見えてくる。
もともと、テレビや舞台でシェークスピア劇を演じていたヘストンは、1970年代『ジュリアス・シーザー』(1970)『アントニーとクレオパトラ』(1972)とたて続けにアントニー役を演じているから、シーザーの時代からクレオパトラが自ら命を絶つまでの激動のローマ史も見えてくる。
当初迫害されていたキリスト教は4世紀にはローマ帝国の国教となるが、帝国は分裂、やがて西ローマ帝国は崩壊してしまう。
そして欧州は暗黒の中世へと突入していく。そんな息苦しい11世紀の封建社会を描いた『大将軍』(1965)では、ノルマンディ地方で戦いに明け暮れる騎士を演じている。
この時代は、民族、宗教などの違いから戦いが頻発、やがて、エルサレムをめぐり十字軍遠征も始まることになる。すでにイスラム教に侵食されていた欧州南西部で、失地回復を試みるキリスト教徒のレコンキスタ悲劇の英雄『エル・シド』(1961)役もヘストンの代表作だ。
教会支配が強固となった中世の欧州文化は閉塞状態に陥っていた。