「ジョンスヤ ノ フェイスブック ハゴ イッソ?」(ジョンス、君はフェイスブックしてるかい?)

 右隣の席のアゼルバイジャン人が話しかけてきた。

 「フェイスブック? クゴ ムォヤ?? オルグルチェッ?」(フェイスブック? 何それ?? 顔の本?)

 私がそう言った途端、左隣の席の台湾人の女の子が爆笑した。あなたフェイスブックも知らないの?と。途端に教室は爆笑の渦に包まれた。

 日本がフェイスブック元年と言われたのが2011年。私が韓国に行った2009年当時、それまでIT業界とも無縁だった私はフェイスブックの存在を知らなかった。

 笑顔でこちらを見ている顔ぶれは実に多彩だ。米国、台湾、カザフスタン、ベルギー、フィリピン、ミャンマー、アゼルバイジャン、フランス、タイから1人ずつと、日本人3人、それに韓国籍の私を含めた多国籍な13人である。

国を挙げて戦略的な留学生の受け入れを進めた韓国

出会った初日、コミュニケーションは全員英語。様々な国の集まりはグローバル会議のようだ。日本から来たメンバー以外は皆英語を普通に話す(著者撮影、以下同)

 前回冒頭で触れた食堂で意思疎通がうまくいかなかった一件もあり、全くコミュニケーションが取れないのはさすがにまずいと、私は午前中に大学付属の語学堂に通い始めた。

 語学堂とは大学に付設された外国人が韓国語を学ぶための教育機関で、数多くの大学に存在する。クラスは各レベルによって6段階程度に分かれている。

 恥ずかしながら、読むことも書くことも話すことも全くできなかった私は、当然テストを受けるまでもなく超初級コースからのスタートであった。

 韓国はもともと海外に留学に出る学生数が自国に受け入れる留学生数に比べ極端に多く、教育貿易収支の赤字が大幅に増加していた。そのため2001年以降、国策として積極的に海外留学生を受け入れる政策を続けている。

 新興国で将来指導者となるような若者を呼び込んで韓国の大学で養成し、彼らの韓国留学の経験を通じて諸外国における韓国に対する認識を引き上げる目的もある。

 国際社会で親韓・知韓派を増やすことにより、後の外交や国際協力を有利に進めようと、特にアジアの資源が豊富な国での募集活動を積極的にしているという話を聞いた。