エコノミスト・カンファレンス『ジャパン・サミット2012』リポート、第2回の今日は、「日本産業界の未来像:メガファーム、それとも起業家集団?」をテーマに行われた議論をお届けする。
このセッションは、チームラボ社長の猪子寿之氏がプレゼンテーションを行った後、パネルディスカッションを行う形式で行われた。
パネリストは、大塚ホールディングス社長兼CEOの樋口達夫氏とボストンコンサルティンググループ日本代表の水越豊氏。司会はエコノミスト誌東京支局長のヘンリー・トリックス氏。
「物質の塊」を「情報の塊」に変えるデジタルテクノロジー
猪子 自分にはちょっと分不相応なんですが、まず私からお話をさせてください。
デジタル化の意味するところは、情報がそれを媒介する物質から解放されたということ、情報が情報として単独で存在できるようになったということだと思います。
デジタルになる前、情報は物質がないと存在できなかった。例えば、絵は人間にとっては単なる情報でしかないんですが、その情報が情報として単独で存在できなかったから、しょうがなく油絵具とかキャンバスとかの物質を媒体として存在していたわけです。
音楽も同様にレコードという「物」としてしか存在できなかった。それがデジタルになった瞬間、情報がそれ単独で存在できるようになりました。
情報の塊が単独で存在できる。おそらくこれからすべての領域がそうなっていくと思うんです。例えばお店っていうのは物質の塊ですけど、それがPCサイトという単なる情報の塊として存在できるようになった。
同じように、この世のすべては単なる情報になっていく。そしてデジタル領域がすべての産業に浸食して、すべての産業がデジタルテクノロジーの塊のようになっていく。控えめに言っても、デジタルテクノロジーと切っても切り離せなくなるでしょう。
一方で「ジャンル」のような境界線はなくなっていく。20世紀までにできた産業区分はほとんど無意味になると思います。
例えば小売業は、土地を買って建物を建てて人を雇って物を売らせるというもので、テクノロジーとは無関係でした。でも今はアマゾンなど、デジタルテクノロジーの塊みたいな会社が幅を利かせている。
かつてウォークマンのような音楽再生プレーヤーを出したのは電機メーカーだったけれど、気がついたらデジタルテクノロジーの会社のアップルが音楽プレーヤーを、さらにはスマートフォンを出した。
その瞬間、音楽プレーヤーは単なるソフトウエアとなって、音楽プレーヤーという存在そのものが消滅しました。