尖閣問題で中国は、日本の主権だけでなく施政権をも徐々に骨抜きにしようとしている――中国政府の尖閣戦略の実態が米国の専門家によって明らかにされた。
尖閣の日本の施政権は日米安保条約の適用の必要条件だが、中国はこの必要条件を多角的な攻略作戦で侵食し、抹殺しようと図っている、というのだ。
外国艦艇が勝手に入れる水域は「領海」と呼べない
確かに、尖閣諸島周辺の日本の領海や領海に隣接する接続水域に、このところ連日のように中国当局の艦艇が侵入してくるようになった。領海侵犯が日常の行事のようになってきたのだ。
だが日本側は海上保安庁の艦艇がその侵入船舶に警告し、退去を求めるだけである。このままいけば、そのうちに中国による尖閣の日本領海の侵犯も日本でごく普通の出来事のように受け取られることになりそうだ。
他の普通の国家ならば、自国の領海に外国の公的船舶が連日、勝手に侵入してくれば、軍事力を使ってでも警告し、阻止するだろう。それが主権国家の固有の自国の領土や領海の保全方法なのである。だが「消極平和主義」のわが日本だけはそうした普通の国家の反応を見せないのだ。
ではこのまま領海侵犯の事例が積み重なっていくと、現実にどうなるのか。当然、日本側の統治や施政権の実効性が疑われるようになる。外国の艦艇がいつでも勝手に入ってくる水域を自国の領海として扱うことが難しくなるのは自明である。
このへんの中国側の狙いについて米国海軍大学校のトシ・ヨシハラ教授に見解を尋ねてみた。ヨシハラ教授は日系米人だが、台湾で育ったため中国語も完璧に身につけ、中国の海洋戦略を長年、専門領域としてきた。
ジョージタウン大を卒業後、タフツ大で博士号を取得。アジア安全保障や中国の軍事戦略の研究に始まり、中国の海洋戦略を主体に多数の学術研究や政策提言を重ねてきた。ランド研究所や米空軍大学の研究員を経て、現在は海軍大学の教授兼「中国海洋研究所」研究員である。この分野では全米有数の権威とされ、2012年9月に連邦議会下院の外交委員会が開いた中国の海洋パワー拡大に関する公聴会でも証人として意見を発表した。
そのヨシハラ教授に、尖閣に対する中国側の戦略意図についてインタビューした。一問一答の核心部分を以下に紹介しよう。
日本と米国との間にクサビを打ち込もうとしている
――中国は尖閣の日本の領海や接続水域へ公的な艦船を連日のように送りこんでいますが、その狙いはなんなのでしょうか。
「中国は尖閣周辺水域に、非軍事、非戦闘用ではあるけれども准軍事と呼べる漁業監視船などを頻繁に侵入させています。その目的は日本に対し多角的な圧力をかけ、尖閣周辺水域の日本の実効統治の喪失を誇示することだと言えます。尖閣周辺水域の日本の領海と接続水域に中国側の多数の漁船や漁業監視船を恒常的に侵入させていけば、日本の主権も施政権も紛争中だということを明示できるようになるという計算です」
「周知のように米国は、日本が尖閣の施政権を有しているという理由から、日米安保条約も尖閣に適用され、尖閣が第三国の軍事攻撃を受けた場合は日米共同防衛の対象になるという見解を表明しています。しかし尖閣の日本の施政権が曖昧だとなると、日本防衛への支援という安保条約上の誓約の実行も曖昧になってくるわけです。中国の狙いはここにあります」
「中国は日本への圧力を増し続ける。日本の恐怖をあおり続ける。非常に長く複雑なプロセスを続けて、日本と米国との間に離反のクサビを打ち込もうとしているのです。多様な戦術によって相手を困惑させ、疲弊させる消耗戦略なのです。日本に日米同盟の永続性への疑問を抱かせるように、圧力をかけ続ける。その結果、日本が日米同盟に基づく米国の日本防衛の誓約に疑問を少しでも持つようになれば、中国のその戦略は成功を見せ始めたということになります」
なるほど、分かりやすい中国の対日戦略である。現に中国艦艇の尖閣の日本領海への侵入は頻度を増し、日本側でもその侵入を報じる新聞記事の見出しが日に日に小さくなってきた。日本がある意味で侵入に慣れてきたことの表れだろう。その慣れは第三者から見れば、日本の尖閣に対する施政権の崩壊の兆しを意味し得るのだ。この点にこそ、中国のいまの戦略の危険性がひそんでいる。
海軍艦艇と非軍事の監視船が一体化して機能
ヨシハラ教授は、中国の戦略のさらに具体的な戦法を指摘した。
「私がいま懸念するのは、中国のいわゆる活動家、あるいは准軍事要員による不意をついての尖閣上陸の可能性です。もし200人ほどの活動家が尖閣の日本領海に侵入し、島へ不法に上陸してきた場合、日本側はそれを正面からの軍事攻撃と見なすことはできないでしょう。だから自衛隊が正面から実力で反撃することができないでしょう。そうなると、中国の要員が尖閣諸島に物理的に滞在することになる。短期間にせよ、中国人が尖閣の土地を占拠するわけです。この手段は『日本側の尖閣施政権保持』という主張を極めて効果的に突き崩すことになります」