尖閣諸島への中国の圧力が日本国内をまたまた揺さぶるようになった。中国政府がどのような作戦に出てくるか、監視の要は言をまたない。

 そもそも中国政府の領有権拡大への動きは野心的であり、露骨である。無法でもある。自国の領土を拡張するためには国家の持てるすべての手段を相手や環境に応じて、投入する。外交や軍事、政治だけでなく、経済的な手段までも領有権拡張に動員するのだ。

 そのうちの経済手段には特に注意する必要がある。領土紛争での経済手段というのは、日ごろ目立ちにくい。その一方、中国との経済のきずなを深める日本のような国にとっては、中国側の経済武器が領有権紛争で威力を発揮しうる土壌が急速に広まっているのである。

 この点でいま米国側から指摘された中国の「威圧経済外交」というのは、有益な警告となりそうだ。

 「威圧経済外交」とは簡単に言えば、経済パワーを他国に対し安全保障や政治、そして領有権拡大という非経済の目的のために威嚇的に使うことである。日本に対してもこの威圧経済外交は最近の尖閣紛争で極めて露骨な形で実施された。中国のそうした戦略は今後の国際関係でも新たな震源となりそうである。

ASEAN外相会議での共同声明つぶし

 米国側の識者がこの「中国の威圧経済外交」の最近の最大例として指摘するのは、つい先月の東南アジア諸国連合(ASEAN)外相会議での事態である。議長国カンボジアが中国からの激しい圧力で同会議の共同声明を葬ってしまったのだ。

 この会議が声明を出さないというのはASEAN創設以来、初めてである。この声明には南シナ海での領有権紛争での中国の強硬な行動を非難する内容が盛られるはずになっていたのだ。

 ワシントンの大手研究機関「戦略国際問題研究所(CSIS)」の上級研究員で中国の戦略や外交の専門家、ボニー・グレーサー氏が「中国の威圧的な経済外交=懸念すべき新傾向」と題する最新論文で警告を発した。グレーサー氏は1990年代以来、米国歴代政権の国防総省や国務省の対中政策の顧問を務めたベテランの女性研究者である。

 グレーサー氏はこの論文で中国威圧経済外交の第1の例として前述のASEANの共同声明つぶしを挙げていた。

 同論文は、中国がこの10年間、総額100億ドル以上の経済援助をカンボジアに与えてきたことを強調していた。2011年度だけでも米国からのカンボジア援助の10倍を超える額が中国から供された。今回のASEAN外相会議の舞台となったプノンペンの「平和宮殿」の建設資金も中国からの援助だったというのだ。