中東における対テロ戦に一応の決着をつけた米国は、戦略の重点をアジアへ向けて急転換している。その矛先は、21世紀の東アジア/アジア太平洋地域において、安全保障・防衛上の最大の懸念材料となっている中国である。
アジアを主戦場とした「米中冷戦」はすでに始まっている
中国は、2007(平成19)年2月、対米衝突を想定した衛星破壊兵器(ASAT)の実験を敢行した。また、中国のサイバー戦専門部隊による米国の軍や公共機関のコンピューターネットワークに対するサイバー攻撃は、米国では2000年代初頭から公式に指摘されようになったが、すでに常態・多発化する傾向にあって、重大な脅威と認識されるに至っている。
その一方で、中国は、米海軍の西太平洋への接近を阻止し、領域への介入を拒否する「接近阻止・領域拒否(A2/AD=anti-access/area denial)」戦略を採用して、そのための戦力を急速かつ本格的に造成中である。
台湾有事などの際には、中国軍は第1列島線を突破して第2列島線まで進出し、でき得れば第2列島線以遠、やむを得ない場合でも第1列島線以遠に米海軍の接近・進出を阻止することを目標としている。
当該地域から米国の影響力を排除して同エリアを支配し、自国の意図のままに、その意思や要求を周辺諸国に押し付けんがためである。当然ながら、日本列島は、中国が目指す戦略の主要な標的として組み込まれている。
これに対し、米国は、電力、通信、輸送などの国家的インフラや国家機構への大規模なサイバー攻撃は、国家の関与なしには成し得ないとして、それを「戦争行為」と定義し、ミサイルなどによる報復攻撃も辞さない構えである。宇宙・サイバー空間では、米中の熾烈な戦いが繰り広げられている。
また米国は、中国の「接近阻止・領域拒否」戦略に対抗する相殺戦略(offset strategy)として「エアシーバトル(Air-Sea Battle、空海戦)構想」を打ち出した。そして、2011年末、アジア回帰・アジア重視の姿勢を鮮明にするとともに、オーストラリアへの米海兵隊の配置、ミャンマーとの関係改善、東南アジア・インドとの協力強化など、矢継ぎ早に対中戦略態勢の構築に動いている。
一時期、米中間は、経済的相互依存の深まりを重視して戦略的互恵関係を標榜しつつも、水面下では静かな戦いが進行しているという意味で、「米中静戦」との見方もあった。しかし、上記のように、すでにその段階を優に超えて「米中冷戦」は始まっているのである。
東西冷戦間、アジアには、朝鮮戦争とベトナム戦争に代表されるように冷戦が熱戦化した歴史がある。そのいずれにも、米中は、敵対する関係で直接的・間接的に関与した。特に、朝鮮戦争において、両国は直接戦火を交え、1年数カ月にわたって死闘を繰り返した。
当時、中国(共産党)指導部には、北朝鮮の金日成による南進統一の前に「台湾解放」を先行すべしとの意見(「台湾解放」先行論)があった。しかし、ソ連のスターリンは、自国の支援下に、中国が台湾解放に向かえば米国との対立は避けられないと判断し、世界大戦に発展することを極度に恐れてこれを拒否した。台湾を舞台とした本格紛争はひとまず回避されたが、以来、「台湾解放」あるいは「台湾統一」は常に燻り続けてきた問題なのである。