トレビの泉、古代ローマ遺跡・コロッセオ、ミラノで買い物──歴史とファッションの国イタリアは見どころ満載で、日本人に人気の旅行先だ。そんなイタリアで、あえて、欲張った名所旧跡めぐりをしない、ブランドショップで衝動買いもしない、ただ田舎暮らしを楽しむ「アグリツーリズモ」という旅のスタイルが注目を集めている。

 アグリツーリズモとは、イタリア語のaglicoltura(農業)とturismo(観光)を組み合わせた造語。国の重要な産業である農業を振興するとともに、オリーブやポルチーニ、生ハム、ワインなどイタリアが誇る農産物・食材と農家の暮らしを観光資源としてアピールしてしまおうという一石二鳥の政策としてスタートした。

 日本でも「みかん狩り」「さつまいも掘り」などを売りにしている観光農園や稲作体験ツアーは、春・秋の行楽シーズンの人気レジャーの1つ。ただ、多くは子ども連れの家族をターゲットに、日帰りか1泊2日で「とりあえず1回やってみましょう」というお楽しみイベント的な要素が強い。

 アグリツーリズモは、「体験すること」よりも「滞在すること」に重きを置いている。いわば、田舎暮らしを楽しむ滞在型リゾート。大人のための「何もしない、何も買わない、究極の贅沢」がそこにある。私が宿泊したアグリツーリズモの写真を織り交ぜながら、新しいイタリア旅行を紹介しよう。ツーリストにとっては、宿泊費も料理もホテルに比べて割安なのが魅力。

  そして、後継者不足に悩む日本の農業、海外ツーリスト誘致に頭を悩ます観光業との双方にとっても、たくさんのヒントが詰まっているはず。

零細農家を観光資源として再生

 アグリツーリズモは、1960年代に農業保護政策の一環としてトスカーナ地方から始まった。都市化の進展とともに、郊外の農村では高齢化や後継者不足が深刻化して、農業を続けていくことが困難な小規模経営の農家が増えてきた。そこで、農家から土地や建物をまるごと買い取り、「農業&宿泊施設&レストラン」を組み合わせた新しい経営形態の産業に転換を図ったのだ。

まさに「田舎のおばぁちゃんの家」のようなのんびりとした光景

 但し、あくまでも中心となるのは「農業」。州によって規制は異なるが、農業収入が全体の50~60%を占めることが義務付けられている。「景観も観光資源の1つ」として古い農家を買い取って、そのままの外観で使うことが原則だ。素朴で飾らない田舎暮らしを象徴する赤いテラコッタ(素焼きのレンガ)建ての家屋は、日本人ツーリストにも大人気。

 食事は、自社農場で栽培した食材や地元の契約農家から購入したものを中心に、その地方でマンマからマンマへと引き継がれてきた伝統の郷土料理が楽しめる。

 私が宿泊したアグリルツーリズモは、トスカーナ地方のシエナから1時間半、トレクアンダという小さな町の近くにある「ファットリア・デル・コッレ」。経営者はイタリアを代表する偉大な赤ワイン「ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ」の生産者でもあるドナテッラ・コロンビーニさんという女性だ。

 コロンビーニさんは、日本のワイン通の間でも人気が高い名門ワイナリー「ファットリア・ディ・バルビ」の創業者の孫娘にあたる。彼女の母親のフランチェスカ・コロンビーニさんは、男社会であったブドウ生産・ワイン醸造の世界に女性が参入する道を切り拓いた人物で、今でもシニョーラ・デル・ブルネッロ(ブルネッロのレディ)として、ワイン史に名を残す人物。ドナテッラさんも母親のワイン造りへの情熱と愛情を引き継ぎ、イタリアだけでなく、海外からも高く評価されるワインを生産している。

 だから「ファットリア・デル・コッレ」は、ワイン好きにとっては最高のアグリツーリズモなのだ。敷地内には広大なぶどう畑が広がり、そのぶどうを原料にドナテッラさんがワインを醸造している。セラーではワインのテイスティングができるし、もちろんディナータイムは、オーナーが醸造したワインを飲みながら伝統のトスカーナ料理を満喫するという趣向だ。