晴れ渡った空の下、黄金色の稲穂が風にそよぐ。
3月11日の大震災さえなければ、福島第一原発の爆発事故さえなければ・・・何の変哲もない平和な秋の風景だっただろう。
福島県の農業は津波の被害を受けた沿岸部だけでなく、山深い内陸部まで痛手を被った。爆発事故の際に飛び散った放射能の影響で出荷制限を受けたり、たとえ生産・出荷できても風評被害と無縁ではいられないからだ。
大型のコンバインを巧みに操り、稲刈りをする藤田浩志さんもその一人だ。福島県郡山市のコメ農家の8代目。2002年に明治大学農学部を卒業後、サラリーマンなどを経て、2008年に実家で就農した。
代々受け継いできた田んぼに加えて、野菜の生産・販売に乗り出した。農家と生活者の橋渡し役を担おうと野菜ソムリエの資格を取得し、公開講座の講師として野菜の魅力を伝えるなど、若き農業経営者として着実に地歩を踏み固めつつあったが、事故直後は放射能の影響を考え、故郷を捨てて移住することまで考えたという。
しかし、藤田さんは現在、農業を続けながら、福島県が復興の過程を全国に発信する「ふくしま新発売。」プロジェクトの情報員として、県内を飛び回り、特設ウェブサイト向けに福島の「今」を伝える記事を精力的に執筆している。
収穫期の多忙な作業の合間を縫って、ある時は「桃づくりに一生を捧げる」という農園経営者を取材し、あるときは地域を支える農産物直売所をリポート。時には放射能の影響で長期の避難生活を余儀なくされているおばちゃんたちの声に耳を傾ける。福島の復興にかける藤田さんの思いを語ってもらった。
福島にいる「生身」の人間にスポットライトを
時々、東京に行く用事があってテレビを見ていると、「福島の野菜は安値で売られている」「放射性物質は暫定規制値以下だった」といった数字やデータのことばかりニュースで言っている印象なんです。もちろん、消費者にとって大切な情報だということは分かります。でも、福島で暮らして、農業して、自分の周囲を見渡してみると、そこに存在しているのは「数字」ではなくて、「生きている人間」なんです。
新聞やテレビで報じられる安全性や価格のデータの裏側には生身の人間が必ずいます。辛くて、大変だけど、なんとか踏ん張って前を向いて生きている人がいるということを知ってもらいたい――そんな思いで「ふくしま新発売。」の情報員に応募しました。