この記事は2009年11月30日に公開されたものです

 2009年8月末、光文社より『日本「半導体」敗戦』という書籍を出版した。自分で言うのもおこがましいが、極めて大きな反響があった。実際に起きたことを列挙してみる。

 (1)全く面識のない数十人の読者の方から、メールで感想などのお便りをいただいた。

 拙著には、メールアドレスやホームページのURLを記載していない(記載したくなかったのではなく、編集者が忘れたためである)。にもかかわらず、読者の方がわざわざ検索して連絡をくれたようだ。そして、多くの方から、「共感した」「驚いた」「面白かった」というお褒めの言葉をいただいた。

 (2)出版関係者の話によれば、「半導体と名のつく本は売れない」らしい。そのため、光文社に採択されるまで、半年ほど出版社を回ったが、どこからも断られた。しかし、光文社から出版後、わずか3カ月間で、3刷り目の増刷となった。

日本「半導体」敗戦』(光文社)

 出版関係者の話によれば、ベストセラー作家ならいざ知らず、無名の著者が書いた初の単行本が、このような短期間で増刷されるのは、(特に紙媒体の本が売れなくなった昨今では)極めて異例なことらしい。

 (3)韓国の半導体産業関係者によれば、9月末には、韓国の半導体メーカー、サムスン電子および Hynix Semiconductor の幹部全員が、拙著の要約を読んでいたとのことである。その情報収集力と幹部の向上心には本当に驚かされた(日本ではあり得ないことだ)。また、その結果もあって、来年早々にハングル語版が韓国で出版されることになった。さらに、英訳して欧米でも出版を進めることになった。

 (4)拙著を元にした対談依頼や寄稿依頼を多数受けた(事情によりお断りしたモノもある。誠に申し訳ありません。この場を借りてお詫びいたします)。その1つとして、本サイト「JBpress」より連載寄稿を依頼された。無料で誰もが読めるサイトでの情報発信は、筆者にとって大いに歓迎するところである。こうして、本コラムを執筆するに至った。

 筆者は、JBpressでの連載を通して、以下のようなことを試みたいと考えている。

 まず、日本半導体産業はシェアを失い、凋落し、諸外国に対して敗戦した。かつて80%の世界シェアを誇ったDRAM(Dynamic Random Access Memory、コンピューターにとって欠かすことのできない半導体メモリー)では、エルピーダ1社を残して撤退した。また、日本半導体全体の世界シェアも50%から20%へ減少した。敗戦したなら、復興があって然るべきである。筆者の願いとしては、ぜひとも、日本半導体産業に復興してほしい。その復興のためには、どのようなことが必要なのかを論じたい。

 また、筆者が詳述できるのは半導体産業に関してであるが、このような敗戦と復興の事例(といってもまだ復興していないが)を、他産業にも参考にしていただけたら喜ばしい。

 次に、半導体産業の正しい姿を、世の中に伝えたい。特に、半導体の製造方法については、「装置を買って並べてボタンを押せば誰でも製造できる」などというトンデモナイ誤解がまかり通っている。半導体の製造には、クルマと同じか、それ以上に高度なすり合わせ技術が必要である。このようなことを、本連載を通じて分かりやすく伝えたい。

「お前の言ったことはすべて間違っている」

 次に、ちょっと詳しい自己紹介に移りたい。なぜ、自己紹介をしたいのか? その理由を述べよう。まずは少し長くなるが、拙著『日本「半導体」敗戦』に記載した出来事を以下に転載する。