政策研究大学院大学の学生たちを連れて、久しぶりに鋳物の町、埼玉県・川口を訪れ、鋳物工場を見学させてもらった。
駅前は東口も西口もペデストリアンデッキが整備され、高層ビルが立ち並び、往年の鋳物の町の玄関口とは思えないたたずまいになった。
〒332-0011
埼玉県川口市元郷2-1-3
駅前にあった川口鋳物工業協同組合の組合会館は、「CASTY」という堂々たる商業ビルになっている。家賃収入はなかなかのものだ。
本体の鋳物組合は、駅前から遠く離れた元郷に引っ越した。組合が共同購入する銑鉄、コークス、鋳物副資材などの置き場があった場所に新しい建物を建て、組合会館にしたのである。コストが安いうえ、資材管理も容易になり、駐車場も広い。会合をする際も駅前にあった時より便利になった。
駅前ビルの家賃の一部が原材料購入費に充てられているので、川口の鋳物屋さんは他地域の鋳物屋さんより、よほど安く原材料を仕入れられる。川口鋳物が今も連綿と続いている理由の1つだ。
私が通商産業省の鋳鍛造品課長をやっていた22年前(1987年)頃の組合員は224社だった。それが、今は145社に減っているという。
この数字だけを見ると「川口鋳物は衰退している」という話になるが、実は生産量はあまり変わっていないのだという。鋳物業は近代的設備を導入すると、生産量が増え、簡単に生産量が2~3倍になるかららしい。
「工場の土地にマンションを建てませんか」というささやき
しかし、それにしてもリーマン・ショック後、鋳物業は苦戦を強いられている。受注が15~20%ぐらいにまで減ってしまい、全く採算が取れなくなった。組合はメンバー企業が雇用調整助成金を受け取れるよう援助し、ほとんどの企業がその恩恵に与ったようだ。
多くの企業では、長年の熟練技術を若手に伝承するいいチャンスになり、熟練者も熟練の技を整理するチャンスになったという。私たちが訪問した工場も、人を育て、技術を磨き、新しい顧客を開拓して頑張っておられた。鋳物に命を懸けようという人々は地方に工場を持ち、あるいは外国、特に中国に工場を持って頑張っている。
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