ワシントンでの報道活動の面白さの1つは、頻繁に訪れてくる世界各国の首脳たちに接する機会が多いことである。

 つい最近では、台湾の総統候補の蔡英文氏が訪問し、ワシントンの大手研究機関「AEI」(アメリカン・エンタープライズ研究所)で演説するのを聞いた。9月13日のことだった。蔡氏は演説の中で、日本の安全保障にも重大な意味を持つ中国の軍事力増強について懸念を述べたのが印象的だった。

 蔡氏はわりに小柄で、優しいマナーの女性である。だが、野党の民進党の主席として2012年1月の台湾総統選挙では国民党の現職総統の馬英九氏に戦いを挑むことが決まっている。

 米国とイギリスで法律を学び、法学修士号と法学博士号を取得した法学者の蔡氏は、李登輝元総統に引き立てられて政界入りした。民進党の陳水扁政権では副首相まで務めた。いま50代半ばの温和で質素な感じの人物である。

台湾は日本にとってかけがえのない存在

 蔡氏は日本に対しては政策面でも心情的にも極めて親密で、前向きな視線を向ける政治家である。私は台湾を何度も訪れ、総統選挙を含めての取材で民進党の幹部たちを知り、蔡氏の政治傾向も知るようになった。

 そもそも台湾は日本に対して特別に温かな態度を保つ「国」である。「1つの中国」の原則下では日本政府は台湾(中華民国)を独立した主権国家として認めてはいないが、現在の台湾は独立国家の要件を数多く満たした存在だと言える。

 私は1997年に当時の総統の李登輝氏から招請を受けて、ワシントンから台湾を初めて訪れた。李登輝総統のインタビューが主目的だった。

 この時の李総統は私の単独会見に4時間以上もの時間を費やし、公私にわたる日本への思いを熱をこめて語ってくれた。「私は22歳まで日本人でした」「日本は台湾の統治で良いことをたくさんしてくれた」「日本精神は素晴らしいと思う」――。

 こんな言葉の数々に私はびっくり仰天した。だが、やがて1週間ほどの滞在でも台湾の住民の大多数が李総統と同じような温かい対日観を抱いていることを知った。台湾は日本にとってかけがえのない存在だと認識するようになったのである。だから、ワシントンでも台湾と米国との動きにはいつも関心を持ってきた。